俺は再びあの場所を訪れました。
「そういうわけで、今日はMSWインできないかもしれない」
自室に戻った凛花は、早速進太郎に電話した。
凛花に悪い所はないのだが、それでも約束を破ってしまうのは気分が悪い。姿が見えていないので意味はあまりないが、凛花は深く頭をさげながら謝った。
そして、どんな言葉が返ってくるかと思えば、スマホ越しに不思議がる声がした。
「あれ、リン公式見てないのか? メンテナンス情報」
「……え?」
言われて、パソコンでMSW公式サイトを開いてみる。
すると、「メンテナンス時間拡大のお知らせ」という項目が増えていた。
「元々今日の深夜から開始の予定だったわけだが、予想以上に作業が難航しそうだからと今日の13時からスタートになるそうだ」
進太郎の言う通り、お詫びの文章と共に本日午後1時からメンテナンス開始の旨が書かれていた。
「ま、そういうわけだからむしろ丁度良かったかもしれんな。月光門先輩も誘って今日は夏条と一緒に遊ぶとするか」
「そ、そうだな」
良かった。約束を破るハメにならずに済んだと凛花は安堵した。
まあMSWで遊ぶという約束は果たせなくなるが、これは凛花が悪いのではない。運営が悪いのだ。
ともかくそんな運営の手際の悪さに今回は凛花も感謝するのであった。
「また来てしまった……」
来客という事で、おつかいとして凛花は再びシュガーフェストを訪れた。今回は一人で。
商店街にあるマスタード・ナッツの方が安全ではあるが、母にも月光門にも好評だったハニーバタードーナツを思い出し、自然とこちらへ足が向かったのだ。
客入りが酷い店であるので最悪の場合次来た時には更地にでもなっていないかと心配だったが、凛花の予想に反し以前訪れた時と同じ建物がそこにあった。
「えっ!? 1日でお客さんが2人も!? いらっしゃいませ!」
相変わらずいらっしゃいませの前に絶望的な言葉が飛び出てくるが、今日は以前と違った。
店員がどこか見覚えのある女性になっており、一人の先客がドーナツを吟味していたのだ。
失礼ではあるがまさか自分以外にこの店を利用する者がいたとは。凛花はすさまじく驚愕した。
まあ潰れず店がここにあるという事はそれなりの利用者はいるのだろうが、それはともかく周囲を見回す。
「あれ、この間の男の店員さんは……」
「今お外で仕事中なんですよ。今日は私が店番です」
前回と同じような事を言われた。
店の外で宣伝でもしているのかと思ったが、凛花が見た限りではそれらしき人物は見えなかったのだが、一体どこで何をしているのだろう。
気になったので凛花は聞いてみる。
「外の仕事って何してるんです?」
聞かれ、女性店員は待ってましたとばかりにふふんと胸を張る。
「魔法少女です!」
「は? ……あっ」
何言ってんだ、と言いかけて凛花は気が付いた。
この店員、あのチラシに書かれていた魔法少女なのだ。だいぶデフォルメされたイラストだったが、それでもそう言われてから見れば、モデルになっているのはすぐにわかる。
つまり、このお店の宣伝の為に魔法少女のコスプレをしてこの茅原町を練り歩いているのだろう。魔法少女がどうドーナツと関係しているのかは凛花が知ったことではないが。
「あの……それで男の店員さんはなぜいないのでしょうか」
魔法少女のコスプレをして宣伝をするのは、まあ、意味はわからないがよしとしよう。大分偏ってはいるだろうが男性客は望めるのかもしれないし。
だがなぜ男性の店員がいないのか凛花にはわからない。今日はお休みなのだろうか。
「ああはい、今日はあの人が出動する番なので」
「あー、魔法使いの衣装もあるんですか」
「いえ、基本はみんなお揃いの魔法少女のスーツですよ?」
「お……男なのに!?」
男性用には別の衣装が用意されているのかと思い込んでいた凛花だったが、まさかの男女共通衣装。
チラシのイラスト通りだとするなら男には股間回りが厳しいデザインに感じたのだが、はみ出したりしてしまわないかと凛花は心配になる。
「あ、もしかしてお客さんも興味あります? 魔法少女」
「いや、ドーナツを買いに来ただけなので……!」
色々と毛を剃らないとアウトな衣装を着る流れになる前に女性店員から逃げ、凛花はドーナツを物色し始めた。
素質あると思うんだけどなー、と残念そうな声を漏らす店員を無視し、ハニーバタードーナツを探していた凛花はおや? と首をかしげる。
ない。ハニーバタードーナツを探すも、どこにも見つからない。
1周店内を回り、見落としていたのかもと更にもう1周。しかしやはりない。
「何かお探しです?」
「あ……えっと、ハニーバタードーナツってもうないんですか?」
「あぁーあれですか。美味しかったんですけども、普通過ぎて面白くないなって事で販売終わっちゃいました」
「えぇ……」
味よりも奇抜さを優先するお菓子屋というのはどうなんだ、と凛花は思うが言わない。なくなってしまったものは仕方がない。代わりを見つけるほかないだろう。
が、人に出すためのもので冒険はしたくない。駄目元で聞いてみる。
「じゃあ、他に普通の物って何かないんですか?」
「あるにはありますよ」
「ホントですか! じゃあ、それを5つください!」
「はーい、ナポリタン5つですね」
「ドーナツは!?」
突如、ピーマン玉ねぎベーコンとパスタをケチャップで炒めた麺料理の名が飛び出て、凛花は叫ばずにいられなかった。
「え? だって普通の物って言ったじゃないですか」
「普通の物ですけど! ここドーナツ屋ですよね!? 普通のドーナツはないんです!?」
「普通のドーナツはほら、商店街の方で売ってますし」
「いやライバル店でしょそっちは! せめて自分とこの商品勧めてくださいよ!」
凛花がまくし立てていると、ポンと肩を叩かれた。
「まあまあ、気持ちはわかるけど落ち着いて」
振り返ると、先に来店していた客だった。40代後半くらいの、スーツを着た若干横幅のある男性。
おじさんと呼称すべき風貌の彼は柔らかく笑い、そこまでにしなさいと凛花を宥める。
「す、すみませんうるさくして」
「私も今日初めてここに来たけど、気持ちは君と同じだよ。でもおいしいのもいくつかあるからさ、ほらあれとか」
おじさんの指した方向にあったのは、みそドーナツなる代物だった。
正直言って危険な香りしかしないのだが、本当に食べられる味なのだろうか。
「そんなに疑うような顔しないでよ。味噌っぽさも強くないし、意外に食べられるよ」
「……まあ、そう言うんでしたら」
騙されたつもりになって、凛花は買う事にした。
もう少し他も見て決めようかとも思ったが、進太郎たちが来るまで時間もないし、これでいいだろうと妥協した。
そもそも他に目につくドーナツが「宇宙の塵味」だの「フグのギリギリ食べられるんじゃないかって思ってる所味」だのの酷いものが多く、きっと全部見て回った末に選択が変わらない予感がしたのだ。
「ありがとうございます、おじさん」
「気にしないでいいよ。私も呟きのネタにならないかと偶然立ち寄っていただけだからね」
そう言って、一足先にドーナツを買って店を後にしていった。
凛花も、お勧めされたみそドーナツを5つトレーに乗せ、買う事にした。
「はいはい、みそドーナツ5つにナポリタン5つですね」
「いやナポリタンは別に」
「全部で1500円です」
「安ッ!?」
いつの間に作られたのかアツアツのナポリタンがパックに詰められ5つ並んでいた。
値段の割にかなりの量と良い香りだったので、断ろうとしたが凛花はナポリタンも買ってしまった。




