俺の家に夏条が来る事になりました。
それから時間が経ち、土曜日。毎日のように狩りを続け、あと数レベル上がれば80に到達するというところまでやってきたのが金曜日の夜。
明日は休日だからと欲張って夜深くまでプレイを続けたせいで間もなく11時という時間まで眠り続けていた凛花を叩き起こしたのは、1階から聞こえてくる電話の音だった。
「はいはいかと……じゃなかった、桜野で~す」
凛花の目が覚めたのを確認したかのようなタイミングで麗が受話器を取る。
何かを言い間違えてすぐに訂正したが、それは珍しい事でもない。麗の旧姓は加藤なのだが時折電話に出る際などに間違えるのだ。
まあしかし新婚ならばともかく結婚して少なくとも10数年は経っているのだからいい加減覚え直した方がいいんじゃないのかとは凛花は思うが。
「凛花ー、電話ー」
しばらく電話の相手と話し合い、麗は凛花を呼ぶ。
凛花に用事のある人物のようだが、誰だろう。今日も進太郎と月光門でMSWにて一緒に遊ぶ予定だったのでそのどちらかという事はない。
まだぼんやりしている体を起き上がらせ、寝起きの目を擦りながら階段を下りて電話の前まで行くと麗が受話器を持って立っている。
「誰から……?」
「彼氏さんからだって」
「ああ、彼氏ね……」
受話器を受け取り、それから麗の言っていた言葉を頭の中で繰り返す。彼氏。彼氏?
「なんだよ彼氏って!? せめて彼女だろ!!」
まあ、凛花はどっちもいないが。
受話器の向こうの誰かと麗に凛花は叫んだ。
「私はどっちでも気にしないから、ゆっくりどうぞね」
楽しそうに笑いながらウィンクして麗はリビングへと消えていく。
呼び止めようとしたが、こういう時の母はやたらと素早い。手を伸ばした時には既に姿が見えなくなっていたので、諦めて凛花は受話器を耳に当てる。
「で、何の用だよシン」
「夏条です」
帰って来た女性の声に、凛花はすっころんだ。
凛花の彼氏を自称するのは進太郎くらいのものかと思っていたので、完全に予想外だった。
「は……? なんで夏条が俺の彼氏なの?」
「だって、彼女って言うのも今は嘘になってしまうではないですか?」
「うん……そうなんだけど俺が聞きたいのはそこじゃなくてさ」
確かに、本人が言うように今の夏条涼は彼氏か彼女かで言えば彼氏ではある。そこは凛花の知りたい詳細ではないが。
「そろそろ1週間くらい一緒に帰っていますし、もう凛花さんもそのぐらいの認識かなって思いまして」
「本気でそう思ってるなら夏条の中の俺チョロすぎない?」
あれから毎日、夏条は凛花にベタベタくっつきながら一緒に学校から帰っている。
すぐに慣れるだろうと思っていた凛花だったが、概ね女子の夏条が密着してくるので特に慣れたりはせずドキドキしているが、だからと言って自分たちが付き合っているとまでは思わない。
というか、毎日のように家の前までついてくるので毎日凛花は夏条を家まで送り返さねばならずむしろ恋とかそういうのとは遠ざかっている気がしている。
「そういう訳ですので、今日は凛花さんの家に遊びに行きます」
「どういう訳さ……」
夏条の言葉に肯定的な返事をしたつもりもないが、そんなもの知ったこっちゃないと強引に話が進められていく。
流れに追い付けなくなりかけていた凛花だが、だからと言って暴走特急夏条をただ見ているわけにもいかない。
「ていうか今日はシンと月光門先輩と一緒にオンラインゲームで遊ぶから、夏条と遊んではいられないと思うけど」
「大丈夫です。遊びに行こうと思います、ではなくて遊びに行きます、なので」
「なにが大丈夫なのかわかんないんだけど!?」
そして、特に凛花の叫びに返事が返ってくる事もなく通話は一方的に切られた。
この有無を言わさぬ感じ、例えるなら自然災害かな、と凛花は思う。
シンが夏条に迫られていた時もこんなだったのかなあと親友のこれまでの受難を思い、同情したりもした。
その受難をこれから凛花自身が受け止めなくてはならないので同情している場合でもないのだが。




