俺と親友の結婚は遠のきました。
「おーうリン、昨日は残念だったな」
桜野凛花は沈んでいた。いつも通りに家を出ていつも通りに学校へ着いたが、その落ち込みぶりはいつもとはまるで比べ物にならない。
進太郎が声をかけても、すぐには反応できなかった。
「……ああ、シン。ごめんな、昨日電話しようかと思ったんだけどさ」
「いいってそんなん。俺だって家に着いてすぐMSW起動したんだし知ってたよ」
進太郎は気にする素振りも見せずに笑う。それを見て凛花も少し安心するが、相も変わらずその表情は曇り空だった。
「どうしたよリン。いつになく暗いけど……もしかして俺との結婚が延期になったのが悲しかったりとか?」
「まさか。そんなんじゃ……」
凛花が翳っているのは母の、麗の事だ。
昨夜誤解を解くために結婚するとはどういう事なのかを全部打ち明けて説明したのだが、あまり機械関係に詳しい方ではないのでうまく理解できていなかったのだ。
夜には「なんとなくわかった」と頷いたが、朝にはご祝儀袋を買ってきていた。
またわかりにくい冗談で、家に帰ればそんなに本気にしなくても、と笑って言うかもしれないし、タキシードとウェディングドレスはどっちにしようかと悩んでいるかもしれない。
半分近くはその悩みが占めている。残りは昨日決めていた覚悟が時間の経過で揺らぎ始めている事。
そういう意味では、進太郎の言葉も間違いでもないかもしれないな、凛花はそう思う。
「いや、そうかもな」
思っただけのつもりが、言葉に出てしまった。
小さな囁きだったが、進太郎はその言葉を聞き逃さない。
「あ、いや違……」
「ほほぉ、意外だな。凛花はそういうの恥ずかしくて言わないタイプだと思ってたが……ハッ、もしやそれはあれか! ツンデレで言うところのデレか! この後かっ勘違いしないでよねって言ってデレ隠しをするんだな!」
「言うわけねーだろそんなん! 変な勘違いするんじゃねーよ!」
「言ってるようなもんじゃないか……?」
沈み続けていた凛花だったが、進太郎との馬鹿話でだんだんと普段の調子が戻り始めた。
これなら、きっと大丈夫だ。凛花の心の中で消えかけていた覚悟にもう一度火が灯った、そんな気がした。
今日こそ、今日こそは。凛花は再びその想いを胸にする。
毎度ご利用ありがとうございます、ミリオンスターワールド運営チームです。
昨日17時より行っておりましたメンテナンスは深夜2時15分をもって完了いたしました。
お客様にご迷惑をお掛けした事を心よりお詫び申し上げます。
一部ゲームシステムの調整によって更に遊びの幅の広がった当ゲームを、どうかこれからもよろしくお願いいたします。
メンテナンスはやはり終わっていた。家に帰って早々電源を入れたモニターを見て凛花は息を吐く。
最悪、今日も一日メンテナンスかもしれない、と思っていたがそれは杞憂だったようだ。まあそうそう起きる事ではないが、そういう前例があったゲームを凛花は知っている。
そこはいいのだ。多少の延長があったものの無事に終わったのだから。
問題は次だ。その調整内容にあった。
新エリアの追加や新アイテム、スキル、敵、その他の心躍る情報が霞むような、一つのシステムの変更。
結婚システムの条件について
ミリオンスターワールドを楽しむための要素の一つ、結婚についてです。
近頃、この結婚によって発生する能力値の上昇のみを目的とした、いわゆる「ステ婚」と呼ばれるものが増加しつつあります。
愛し合う者同士が結ばれるという意味合いの強い結婚に関して、これは悪い傾向であると言えましょう。
この事態を重く見た我々運営チームは、結婚に必要な条件を強化させていただく事を決定しました。
まず、結婚に必要なレベルの引き上げを行います。
現在のレベル20という条件は非常に容易であり、実質的に無条件となっていたため、本日より必要レベルを150とさせていただきます。
つきましては先日までにそのレベルに達していなかったプレイヤーの皆様は、キャラクターを結婚前の状態に変更させていただきます。急ぎレベルを上げ、その過程で愛を育んでください。
次に、結婚に必要なアイテムを設けます。
これまではレベルさえ満たしていれば他に何も必要としませんでしたが、今後は特定のアイテムを用意していただく事により、互いの信頼感を築きあげてもらいます。
具体的には、2000万stと本日より一部の敵ドロップアイテムに追加された「愛を示す聖獣の牙」の2つとなります。
なお、必要レベルの上昇に伴いステータス強化の効果も相応に強力なものへ変更させていただきます。
「なんだよそのタイミング……」
凛花は崩れ落ちた。ついで凛花の中にあった決意も音を立てて崩れていった。




