俺は先輩と仲良くなれた気がしました。
「ははははは! すごいぞリン、このハバネロドーナツとてもじゃないが食えたもんじゃないぞ! 多分小麦粉よりもハバネロ粉末の分量が多いんじゃないかなあ、ははは!」
そんなわけで歓迎会が始まった。と言っても歓迎会ではなく普通の食事会と呼ぶべき内容ではある。
居間のテーブルに並べられた料理はどれもこれも麗のお手製であり、山のように盛られた各皿の料理はとてもではないが食べきれそうにない。
余った分は凛花のお弁当にしたり夕食として再利用すると言っていたが、だとしても余り過ぎはしないかと心配になる。
麗の料理は人に出すのに申し分ない味であり、月光門もじつに美味しそうに食べている。いくつもの山は次第にその姿を縮めていき、この分なら意外とそう多くは残らないのかもしれない。
凛花が生まれる前は料理は得意でなかったそうだが、鍛錬を重ねて上達したそうだ。主に夫に美味しいものをいっぱい食べてもらうため、だそうだ。
シュガーフェストで買ってきたドーナツも好評だった。麗も月光門もお気に召したようで、凛花も喜んだ。進太郎は、自分の買ってきたドーナツを爆笑しながら貪っていた。
「やめとけよシン……絶対後でお腹壊すぞ」
「いやあ、これがなかなかどうしてクセになってなあ。お情け程度に砂糖の甘さがあって、それで余計に辛さがより引き立って地獄のような痛みが口の中を支配するんだが、止まらん止まらん」
これはリピーターになるかもしれんなあ、と言ったので、凛花はそっか。とだけ返した。
凛花の買った方を食べている麗と月光門も同じような感想を述べる。
「あの人の息子だけあって、やっぱり凛花はこういうお店選びのセンスとかあるのねぇ。なんだかお母さんも誇らしいわ。また行ってみようかしら」
「進太郎くんの食べている方は置いておくとして、これは確かに美味しいと思うよ。私も今度行ってみようか」
「……あんまりお勧めする気にはなりませんけど、止めはしません」
天国と地獄を一つの鍋でかき回したような品揃えのシュガーフェストには、凛花はまた行きたいようなもう行きたくないような気持ちだ。
というか、あの客入りでは次行った時にまだ店が残っているかどうかも怪しい。
きっともう会えないのだろうな、と凛花はまだ死んでもいないシュガーフェストに勝手に追悼をささげる。
「それはそれとして、どう? 月光門さん。今日は楽しんでくれてるかしら?」
「ええ、はい。料理も美味しいし、凛花くんと進太郎くんとも遊べて、大げさかもしれませんが今まで生きてきて一番楽しい日かもしれません」
「まぁ~! そう言ってもらえて私もとっても嬉しいわ~!」
照れた様子もなく言う月光門に、麗はたいそう喜んだ。今にも抱きしめそうなくらいだ。
凛花の方はいやいや、と心中で月光門にツッコむ。流石に一生で一番楽しいは言い過ぎだろう。
声にも出そうになったが、ふと思い出して引っ込んだ。そうだ、そういえば月光門先輩はずっとあの親衛隊に付きまとわれていたのだった。
高校以前はどうだかはわからないが、もしかしたらあの親衛隊連中は小学校、もしかしたらそれよりもっと前から月光門を付け回していたのかもしれない。
「物心付いた頃から、なぜかあの親衛隊のような子たちが私のそばに寄ってきておりまして……。皆良い子ではあるのです。ですが親は心配して学校を卒業する度に転校と引っ越しを繰り返しておりまして。そこまでは誰も追っては来なかったのですが、転校先でもどうしてかああいった子がいつの間にか私の周囲に集まってきまして」
凛花の想像は若干当たっていた。そして本人の口から語られた真実はその斜め上をいくものだった。
何度転校してもあんな親衛隊のような連中が生まれるとは、月光門は呪われているのではないだろうか。もしくは前世というものがあるとすれば相当深い宿業でも背負っているんではなかろうか。
これまでを語る月光門の表情は苦しそうだったが、語り終えたその顔は嬉しそうだった。
「……しかし今日は久しぶりに彼女らから解放されて本当に清々しい気分です。風呂やトイレに入った時、着替え中にそれ以外の全ての時も誰かの視線を感じておりましたが、今はそれを気にしなくていいのですから」
話を聞くと、改めて月光門先輩は警察に駆け込むべきなんじゃないのか、と凛花は思った。
「でしょう? 凛花の大切なお友達を守るためなら私、張り切っちゃうから。いつでもうちに遊びに来てくれていいのよ」
「……いえいえ、いつもというわけには。凛花くんだって一人の時間も欲しいでしょうし」
「気にしなくっていいのよ~。こんな美人さんと一緒で嫌がるような子じゃないもん。ていうかいっその事凛花と付き合っちゃってもいいのよ」
「は!? 何言ってんの母さん!?」
突然の話の飛躍に思わず凛花はテーブルを叩いて抗議した。月光門も凛花と同じようにするだろう。いくらなんでも唐突にそんな話をされては。
「なるほど……私が凛花くんと付き合えば凛花くんの家にいつもいたって不自然ではなく、むしろその方が自然なわけか。ううむ親衛隊の彼女らから逃れられるというメリットを考えれば、実に魅力的な提案だ」
まさかの乗り気であった。
「あ、あの先輩。もうちょっとしっかり考えましょうよ。いくら安全を得るためでも好きでもない男と付き合う事になるんですよ? 嫌でしょ?」
「いや、君の事は嫌いじゃないし、むしろ好きだな」
「えっ……」
「友達としてな」
「…………さいですか」
好きと言われて凛花はドキッとしたが、何の脈も感じられない声色が続けて帰ってきてすぐに冷めた。どうやら付き合うと言ってもあくまで表面上だけにするつもりなのだろうと凛花は思った。
それはそれとしてこのままでは勝手に自分と月光門が付き合う事にされそうなので凛花は進太郎に助けを求める。
「シン、お前からも何か言ってやってよ」
「よしわかった」
進太郎は頷くと、月光門に視線を向けた。強い威圧感のこもった目だ。
凛花が困っていると見てか進太郎は本気のようだ。これなら、月光門先輩も考えを改めるのでは、と凛花は期待する。
「月光門先輩!」
「な、何かね」
「リンの体は俺の物です」
「ちーがーうーだろーぉぉぉ!!」
力強く言った進太郎を凛花は何度も叩いた。しかし、それでも進太郎はまったく動じない。凛花本人にとってはなんにも嬉しくない確固たる決意で、退く姿勢を見せはしない。
その光景を見ていた麗は、我慢できなくなったとばかりに吹き出した。
「ふふふふっ、もう、冗談ですってば。月光門さんもそんなに本気に考えないでね」
「冗談、なのですか……」
「じょ、冗談じゃ済まないよ母さん!!」
事態の収拾がつかなくなり始めてじんわり涙目になりかけた凛花を麗は優しくなでて謝る。
「ごめんごめん。ほら泣かないでよ、男の子でしょ?」
またも母の嘘か本気かわからない冗談に付き合わされ、凛花はどっと疲れた。
「付き合っちゃえってのは嘘だけど、いつでも来ていいってのは本当ですからね。凛花のお友達ならいつだって大歓迎よ」
それと、と言って麗は更に続ける。
「うちの子と恋愛するのも禁止したりしません。お互い好きになったら付き合っていいし、どこまでもいっていいからね、二人とも」
二人とも、のところで麗は進太郎と月光門を見る。そしてその意味を理解して凛花は驚愕に口を開けた。
「えっそっちも応援するの!?」
「もちろん。私は相思相愛なら性別なんて気にしちゃダメだと思うのよね。だから、凛花が誰を好きになっても応援します」
「やったなリン。やっぱお前の母さんはいい人だぜ」
「いい人だけど! いい人だけどー!」
そんな凛花の叫び声で、月光門の歓迎会は終了した。
学校ではまた親衛隊に付きまとわれる月光門を思うと不憫ではあるが、今の凛花はそれどころではなかった。




