俺は先輩と一緒に遊びました。
「いらっしゃい、月光門先輩。……で、母さん? どうやってあの3人追い払ったの?」
「すこしお話しただけよ~。月光門先輩が好きなだけあって物分かりのいい子たちだったわ」
笑って言う麗に連れられて、月光門が凛花と進太郎のいる居間にやって来た。控えめに「どうも……」と言って軽く会釈する。
二人は一旦ゲームを中断して返事をした。凛花は負け気味だったのでちょうどいいやとそのままゲーム機本体の電源を落とす。
「ああっリン俺の勝ち確を……ッ!」
「今日はごめんなさいね先輩、母さんに付き合ってもらっちゃって」
「いや……私も彼女らを気にせず自由にできるのだし、謝らなくともいいさ」
凛花としては母がどうあの親衛隊を追い払ったのかも非常に気になるところではあるのだが、聞いたところでいつも通りにはぐらかされるのがオチだろうと思い、聞かないでおく。
それはさておいて凛花はせっかく来てくれた月光門に何か飲み物を用意しようと立ち上がる。
「先輩、何か飲みたいものあります?」
「なんでも構わないよ、しかしできれば冷たいものがいいかな」
台所に来た凛花は冷蔵庫を開けた。アップルティーがあったのでこれでいいかなと食器棚からグラスを取り出して注ぎ始める。
と、そこに麗がやってきて何かを手渡した。
「はい」
「……母さん、なにこれ」
「これはお母さんがお父さんをその気にさせるときに使ってる薬よ。これをこう、さっとね」
言いながら包み紙に乗った怪しげな粉薬をグラスに流し込もうとしたので凛花は即座に払いのけた。
「何してんだあんたは!?」
「こらこら、お母さんに向かってあんたは駄目でしょう」
「人の友達に何飲ませようとしてるんだよ! 恋人でもないのにこんな事しちゃ駄目……いや違う! 恋人でも駄目だろ!」
セルフツッコミを入れつつ頑なに薬を離さない麗を凛花は睨む。家族が絡む話になると時折度を越した悪戯を仕掛けるのは慣れていたが、流石にやりすぎだろう。
そう凛花が思っていると、麗は薬を懐にしまってから軽く吹き出した。
「ふふっ、もう凛花ってば本気にして。冗談に決まってるでしょ」
「あ、ああ……そうなの」
「ちなみにお父さんに使ってるのは本当よ」
「……そうなんだ」
知りたくないタイプの自分の出生にかかわっているかもしれない秘密を聞いてしまい、凛花はげんなりした。
日頃から嘘と本気の区別が付きにくい母の言動に今後も自分は付き合わされるのだろうかと思うと、二重にげんなりした。
「ほら、こんなしょうもないことしてないで早く月光門さんに飲み物出してあげなさいな」
「元はと言えば母さんが……いや、もういいや」
ここで張り合ったところで勝てるとは思えないし、そもそも勝とうとする意味もない。
というか、麗の言うように早く月光門に飲み物を渡すべきだ。
料理の仕上げをすると言う麗を残し、凛花は居間へと戻った。
「何と言うか、にぎやかだね」
「すみません……」
居間と台所はすぐ隣なので丸聞こえだった。麗もそれをわかった上で凛花をからかったのだろう。そう思う事にした。
ソファーに座った月光門はあまり気にした様子も見せずに笑っていたので凛花はホッとする。
とりあえずテーブルにアップルティーの入ったグラスを置くと、進太郎はゲーム機の電源を入れた。
「さて、それじゃあ月光門先輩の歓迎会まで時間もあるし、さっきの続きといこうじゃないか、リン」
そう言ってコントローラーを渡してくるが、凛花は受け取らなかった。
「いや、先輩を無視して二人で遊ぶのはちょっと。というわけで、シンと対戦してみませんか? 先輩」
「う、うむ」
凛花がやっていたのは格闘ゲームだ。正直、初心者にいきなりやらせるようなものではないが、月光門はとりあえず挑戦はしてみるようだ。
操作方法とコマンドを一通り教えると、まずは試しに一戦する事になった。進太郎は得意の投げキャラ、月光門はナイフ使いのキャラ。
投げキャラといえば当然近付かないのが一般的な対策だが、普通の初心者は大抵突っ込んでいって高威力な投げ技で瞬殺される。
タネさえ分かれば戦えない事もないのだが、コントローラーを受け取った時の月光門の手つきは非常におぼつかないものだった。負けちゃうかな、と凛花は思う。
しかし、意外にも1ラウンド目を取ったのは月光門だった。最初こそ突撃して投げを食らったものの、それ以降は徹底して遠距離、中距離からの攻撃に徹した。
「……」
「お、おお、やるなあ先輩。どれ、それじゃあ俺も本気を……」
手加減なしだ、と進太郎は両腕に付けている重りを外す(嘘だ。そんなものは付けていないがそれっぽい動作をした)。
が、拮抗したダメージレースではあったものの、一度も投げられる事は無く月光門が勝利した。
「……」
「ふっ、まだまだ。格闘ゲームというものは2ラウンド目があるんだよ先輩。それを取られるまでは俺は負けてません」
「いや、今取られたが」
「ぐぬぬ」
そんなわけで、進太郎はあっさりと負けた。
悔しかったのか何度か再戦を申し込むが、進太郎が1ラウンドでも取れる事はなかった。
「……」
「すごいじゃないですか先輩! 初めてで、しかもそこそこ強い方のシンに一度も負けてないなんて! もしかしたら才能あったりするんじゃ……」
「……」
「あの、先輩?」
月光門は無言だった。というか、対戦が始まってからずっと何も喋っていない。
どうしたのだろうと凛花が顔を覗き込むと、目が据わっていた。
「先輩!? 大丈夫ですか!?」
「…………。ん、あ、すまない。集中しすぎた」
凛花に話しかけられてようやく正気を取り戻したらしい月光門は、先ほどまでの凍った表情が嘘のように和やかな顔を見せた。
そのギャップに凛花は思わずドキッとしたが、多分恋ではないなと確信めいたなにかを感じる。
「うん、なんだろう。あの画面の中の彼が持っているナイフを見ていたらね、心がどんどん静寂になっていってね、余計な感情が溶け出るように消えていって……うん、楽しかったよ」
また私の知らない自分に会えたよ、と月光門は頬を上気させて喜んでいた。
あのヤバい目を直接見た凛花は、この人眠れる獅子を心に飼い過ぎなんじゃないか、と思った。口には出さないが。
「その、何だろ、よかったですね」
「ああ。……ふふ、君たちといると私はどんどん新しい自分を見つけ出せている。これからも仲良くしていきたいものだ」
そう言って優しげに笑う月光門は綺麗だった。綺麗だったが、どうしてか凛花は特に惹かれたりはしなかった。
「うむむ、このまま負け続けでは終われないな……! よし先輩、もう一回だ! 俺が勝つまでもう一回やり続けましょう!」
「大人気ないなシン……」
こうして、そのまま歓迎会直前まで進太郎は月光門に戦いを挑んだ。
結局、一度も勝つ事はできないままだったが、それはそれで楽しんでいるようにも凛花には見えた。




