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雨情  作者: 山神伸二
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杞憂

 二十後半になると、時の流れは目に見えて早くなり、乃亜と行き合う日まで一週間を切っていた。

 私の緊張は高くなるばかりで、早く、想いを伝えたいという気持ちもあれば、想いを伝えて、実らなくなり、疎遠になることを恐れる気持ちもあり、また、早くこの緊張から解放されたく、早く想いを伝えてしまいたいという気持ちもあり、想いを伝える時の緊張を恐れて、まだその日が訪れないことを祈る気持ちもあった。

 私はこの頃は夏目漱石の「それから」を読んでいた。それからの季節は私の今の季節と偶然にも同じであった。私は当日は酒を飲み、同伴の店でも更に酒を飲もうと緊張を緩和しようとしていた。「それから」の代助も同じく酒に頼ろうとしていた。しかし、代助は酒を飲んで緊張を和らげるのは卑怯で残酷で汚辱を与えると言っており、私はその文を読み、己を反省した。酒に頼るのはやめよう。

 夜勤の仕事をしている日、暇な時間に私は携帯電話弄っており、乃亜と行こうとしていた同伴の店が私達が訪れようとしている日が休みということを知り、乃亜にメッセージを送った。朝、五時を過ぎた頃であったが、乃亜は起きていたのか、それとも私のせいで起きたのかはわからないが、メッセージは十分後に返ってきた。そして、私は以前、店の近くを通った時に目をつけたバーを乃亜に紹介した。

 乃亜は承諾をしてくれたので、私は仕事を終え、家に帰り、仮眠をとった後、夕方頃にその店を予約し、乃亜にメッセージを送った。

 乃亜からは好意的なメッセージが届き、私はつい、そこから会話を弾ませて行った。お互いにメッセージはすぐに来るわけではないので、私は風呂に入ったり飯を食べたりと用をしながら時々、携帯電話の画面を見続けた。気がつけば二十時を過ぎ、乃亜はスナックへ出勤している時刻となっていた。

 それでもメッセージは返ってくる事があり、その度に私は乃亜が他の男と飲んでいるところを嫌でも想像してしまい辟易した。

 携帯電話の画面にメッセージの受信の表示が来るのを今か今かと待ち望み、時々はそのメッセージ画面を開き、乃亜との会話を眺め、乃亜の言葉から心情をなんとかして読み取ろうとしていた。その事で、乃亜に告白をしたいという欲が大きくなり、乃亜と行き合う日をより楽しみに心待ちにした。

 私がこのように無駄に想いを駆け巡ってる間、乃亜は性接待のような事をして、低俗な男共を喜ばす事をしているのだ。しかし、そんな低俗な男共をスナックから遠い場所で私は羨望的な眼差しを送っていた。その誰とも知らない男は私の嫉妬に混じった眼差しを知らずに今夜も己の欲を満たしているのであろう。

 朝になると、五時に乃亜からメッセージが来ていた。その通知を見て、私は安堵と興奮に巻き込まれ、その朝からのメッセージをその日は何度も画面の中の言葉を復唱できるほどに見返していた。その言葉が乃亜の声で頭の中で再生される。その声色が優しげであったり、特別な感情がないようだったりとその時々によって変わっていた。私は自分をつくづく都合のいい奴であると思った。

 まだ続いてる会話を何度も見返すと、普段の会話にはない慎重さが見て取れた。絵文字がスタンプなどが言葉の端々に並んでいた。それを見て、私は乃亜の心情を自分なりに理解しようとした。悲観的な私はまず最初にこの言葉から否定的な感情をまず読み取った。そして、その時の堕落した心持ちを戻すように、今度は肯定的な感情を読み取った。これは否定に読み取るよりも簡単に行えた気がした。それだけ自分に自信があるのか、それとも慢心なのかはわからなかった。しかし、悲観的にいるのは自己防衛であり、何にもならないと思っているので、できる限り、自分を肯定するように心がけた。

 長い時間を掛けて会話を続け、やがて、私のメッセージを最後に既読だけがつき、会話は終えた。私はすぐに不安に思うことはなく、仕事中で既読だけつけたのだろうと鷹を括った。しかし、その後、会話は既読しただけで終わってしまった。

 私は幾らか狼狽したが、今更になって私が乃亜の機嫌を破壊したようには思えなかった。恐らくは私の杞憂であるようで、私のその時の心は普段よりは肯定的な炎が燃えていた。

 そしてその日の午後辺りにメッセージを見返すと、まるで思い出したかのように私の最後のメッセージにスタンプがついていた。私は安堵したと同時にこんなに遅くなった理由を考えた。仮に乃亜に聞いたとしても仕事であったとかそんな理由しか返ってこないのは明白であった。聞くことはもちろんなかった。私もこの事を忘れてしまおうと思った。

 私の心は既に乃亜と会う日に的を向けていた。

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