第六十話 旅の幕開け
「何でこんなことになったのかしらね……」
諦めと寂寥感がないまぜになったような不思議な微笑をたたえて、エマがトウジとカツトシを送り出そうとしている。愛妻弁当を二人に手渡しているが、受け取る方は神妙な面持ちだ。申し訳無さも今更ながらある。
「すまんな母さん。なるべく早く戻れるようにはするよ」
「大丈夫だよ。あまり心配しないで、母さん」
「子の心配をしない母親がいますか! とにかく無事で帰ってくるのよ」
「分かった」
「分かった」
旅としては半月……いや、一週間もかからないものになるだろうが、今までアテナタウンでアテナの保護下において、育ててきた大事な息子を送り出す母親の心中はどれほどのものだろう?それを察しようとするといたたまれなくなる。
「何カ異常ガ有リマシタラ、スグニ携帯端末デ連絡シテクダサイ。姉達ノコトハ優先順位的ニハ後デヨイデス」
「連絡はマリアが言う通りするけど、マリアのお姉さんのことはそういうわけにはいかないよ。きっと直すさ」
「ソノ気持チハ私ノ感情センサーデ表サレナイ程、嬉シイノデスガ……」
マリアも見送りに来ている。彼女には無鉄砲なトウジが、彼の先祖のアキヒトと重なって見えて仕方がない。それだけに心配が感情の九割以上を占めている様子で、端正なあどけない表情にも曇りとなって出てきている。
「一緒には行けないけど気をつけるのよ。カツトシおじさん、トウジをしっかり見てあげてね」
「ああ。かわいい我が息子だからな」
「リナに子供扱いされるとなんか腹立つなー」
「何よ。これでも心配してるのよ」
明るく振る舞って送り出そうとしているリナだが、短い期間とはいえ、トウジとは遠くへ離れ離れになったことがない。その幼馴染が案じてならず、彼女の心の中は多少ならずざわついていた。
見送りにずっと答えていたら日が暮れて明日になってしまう。頃合いを見て、父子二人は流線型の中型電動カーに乗り込み、ウィンドウ越しに北ゲート前にあるモニターでアテナとコンタクトを取り始めた。
「アテナ、行ってくるよ。ゲートを開けてくれないかい?」
「本当に行くのですね。正直に言うと、私はあなたに旅の許可を出したのを後悔しています」
「えー、待ってくれよ。だからといって許可を取り消すのはなしだよ?」
「それは確かに約束しましたね。仕方ありません。気をつけて行ってくるのですよ」
北ゲートの合金の扉がゆっくりと自動で開いていく……。父カツトシが同伴ながら、トウジの旅の幕が開いた。




