第十一話 好きな人
外へ出てきた僕らを見て、窓の傍を往来していた人達は蜘蛛の子を散らすように離れていった。
しかし、彼女──ファムの手を引いて歩き始めると、チラチラと物陰から好奇の視線を向けてくる。
まあ、害は無いからいいか。
「ゴメンね、町の人達が…」
後ろを振り返って、ファムへと謝罪する。
少し、俯き加減で歩いていた彼女は、顔をあげて”ニコッ”と表情を作る。
「いえ、お気になさらないで下さい。それに、こういった類の視線は、好意的な物だと感じます。すれ違う方々が、にこやかな表情を浮かべていかれるのが証拠です」
「そうかな?」
「ええ、私の町では…こうはいきませんから……」
彼女の顔に陰が差す。
マズイ、地雷踏んだかな。
慌てて、話題転換をはかる。
「そうだ、敬語」
「…はい?」
影の差した顔をあげて、疑問符を浮かべるファム。
「敬語、やめなよ? もう周りに親はいないんだし、年もそう変わらないでしょ? 敬語だと関係が硬いみたいに思われるよ」
前を向きながらそう答えると、彼女がクスッと笑い声を溢すのが聞こえる。
「こう見えても、年は十五ですよ。それに、私は貴方の妻になるんですから、敬称は外せません。妻は夫をたてる者だと、母から教わりましたので」
少なからず、十三歳だったという事実に動揺しつつ考える。
”貴方の妻になる”─か。
「もう、その演技も必要ないんじゃないかな?」
「……え?」
握っていたファムの手が強張るのを感じる。
「ファムさん、好きな人いるんでしょ?」
「っ!!」
手を握る力が強くなる。
暫くお互いに沈黙しながら歩いていたけど、道を曲がるときにファムが”すす”と隣に並びよって、耳に口を寄せてきた。
「どうして…そう思ったんです?」
僕は、軽く嘲笑の意味を込めて笑い、言った。
「そりゃ、あれだけ胸のロケットを触ってたらね。伯爵様にバレなかったから良いけど、気をつけた方がいいよ」
「……はぁ、気付いておられましたか…」
がっくりと肩を落とすファム。
まあ、ホントは見合い中の彼女の表情とか、態度とかを観察した結果わかったことなんだけどね。
半分、鎌を掛けたようなものだし。
「スミマセン、その通りです」
へえ、案外あっさり認めるんだ。
「父の自己中心的な政治に町の人達は、不満を募らせていて、当然その矛先は娘の私にも向きます。
外を出歩こうものなら、憎しみのこもった視線を浴びるのが常ですし、屋敷にも、私の居場所はなくて……そんな時に、私に優しく接して下さったこのお方に…その、コロッとなってしまいました。私……単純な女ですよね」
胸元に掛けたロケットを、空いた手で触りながら、慈しむような表情を見せるファム。
「そんな事ないよ」
少なくとも、十歳と十五歳の婚約話より、よっぽどマシだと思うな。
何か、婚約を急ぐ理由でもあるのかな?
「お気遣い、感謝します。ただ、敬称はこのままつけさせて下さい。元々、こういう性格なんです。私」
「うん。わかった」
無理に距離を縮める事もないか。
「ところで……アルアイン様も、意中の方がいらっしゃいますよね?」
「……え?」
今度はこっちが驚く番だった。
突然の展開に、思考が停止しかけたけど、かろうじて持ち直す。
えっと…僕が、何だって?
「どういうこと?」
立ち止まって、ファムの顔を覗う。
彼女は、僕の反応が面白かったのか、クスクスと笑いながら言葉を続ける。
「いえ、ですから、フフッ…アルアイン様にも、好きな女の子がいらっしゃるのでは? とお聞きしたのですが…」
それを聞いて、脳裏に浮かんだのはミリィ──って、何で!?
ミリィは、確かに可愛いけど恋愛感情が湧かないくらいに馬鹿だし、脳天気だし、阿呆だ。
おまけに、声もデカイ。
いくら何でも、それはないよね!
「何で、そう思ったの?」
先程の、ファムと同じような意図の質問をする。
僕…かなり動揺してるな。
「ええと、これと言って根拠は無いんですけど、時折窓からの視線を気にしていらしたのと…誰かに会いたそうな表情を浮かべられてたのと、まあ……女の感とでも言いましょうか?」
恐るべし、女の感。
確かに、ミリィとは昨日見合い話を受けたことを伝えてから会っていない。
だけど、それだけでミリィが好きなんて根拠にはならない。
ならないったらならないんだ。
そして、話を聞いた時のミリィの顔を思い浮かべた時、僕の胸に鋭い痛みが走る。
「──っ!!」
なんだ? 今の?
ナイフで刺されたのとは全く違う痛み。
「どうされました?」
慣れない痛みに顔をしかめてしまい、それを見たファムが心配そうに見つめてくる。
「あ、ゴメン。何でもないよ。…それより、アレ見てよ」
「え、あ、はい…わぁ!! キレイです!!」
咄嗟に、クラム名物、焔の並木道を指差す。
ファムは突然、僕が町の景色を紹介し始めた事に混乱するが、目の前に広がる紅色の葉をつけた木々の数々に、目を奪われたようだ。
それから、数少ないクラムの観光スポットをファムに見せて回った。
その間、クランブルでは見ることの出来ない景色に目を輝かせるファムとは対照的に、僕の心の奥底には、得体の知れない感情が広がっていた。
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