第十話 伯爵来襲
伯爵がやってくる回
冒頭三人称
その日、クラムの町は騒然としていた。
元々、過疎的で子供の数も少なく、誰それが結婚するなどと、浮いた話が少かった田舎町だ。
”領主の息子の婚約(お見合い)”
その一報は、人々にとって言わば一つの刺激であり、酒のつまみであり、ご婦人方の話のネタだった。
加えて、クランブルの領主が町にやって来るともなれば、なおの事だ。
自分達の領主が所持する物とは、比べものにならない量の装飾が施された荘厳な馬車、銀の甲冑を着込んだ約十五人程の護衛。
そのどれもに、人々は色めき立ち、好奇の眼差しを向けた。
勿論、事前に自分達の領主から、話は聞いていたし、「必ず平常通りに振る舞っていてくれ」と、頼まれもした。
だが、珍しい物についつい目がいくのは人間の性、皆、いつもは余程の用事が無いと尋ねることの無い、領主の家を行ったり来たりしては、窓からお見合いの様子を見ようと、チラッと視線を向けて、中を覗っているのだった。
◆◆◆◆
「はっはっは!! 今日はめでたい日であるな! 貴殿もそう思うであろう? クラム男爵?」
「え、ええ、今日という日をどれ程待ちわびたことか、伯爵。まるで、全身から喜びが沸き立つような思いです」
「わっはっは! 上手いことを言いよるの! フフン、そうであろう。そうであろう。我もそうである。体中の細胞が喜んでおるわ!」
はあ……。
勘弁してよ…。
僕は今、これ以上無いほどに辟易とした心情にある。
応接室に付いた窓から、しょっちゅう向けられる好奇の視線が辛いとか、子供の目の前で上司のご機嫌取りをするかのような言動を行う父親の姿に、ウンザリしたりとか…。
理由はたくさんあるけど、中でも群を抜いてキツいのは、伯爵の容姿と言動だね。
「それにしても、この部屋。暑すぎやしないかの? もしや、この僻地には魔法道具もないのかえ? 男爵?」
そういって伯爵は、でっぷりと太った顔を、豪勢な装飾品がちりばめられた服の袖で拭う。
少なくない量の脂汗が木製の床板に落ちる。
……クソ豚め。
「真に申し訳ありませんが、我が領地にそのような高級な品は置いてありませんので……」
散々、自治している町を蔑む言い方をされておきながら、あくまで低姿勢を貫く父さん。
ああ~。
イライラするーー。
「まあ、たまには汗をかくのも健康に良いと聞くしの。今日はこれで我慢するとしようか」
そう言った伯爵は、懐から取り出した扇子で自身を扇ぎ始める。
瞬間、漂ってくるのは嗅ぐのも不快などぎつい香水の匂い。
机を挟んで、彼と対角線上に座っている僕に向かってダイレクトに香ってくる。
誰か、顔をしかめなかった僕を誉めて欲しいな。
というか、この部屋全く暑くないからね?
この気温で暑いと感じるのは、あんたの肉がただでさえ分厚いうえ、そこから更に装飾で重そうな服を何枚も重ね着してるからだ。
その体中に纏わり付いた脂肪の塊をこそぎ落としてから出直してこいと、声を大にして伝えたい。
あ!
なんなら、僕がこそぎ落としてあげようか、文字通りに。
我ながら良いアイデアだね。
その溜まりに溜まった贅肉を切り落として、何処かで飢えに苦しんでいる子供達に与えたら、どれだけの命が救われるだろうか。
肉を切り落とすとき、一体、彼はどんな声で鳴いてくれるんだろ?
やっぱり豚みたいな声かな?
そうだといいな~。
その場面を想像して、幾分か気分が楽になる。
元々、僕はこういった権力に肥え太った貴族の豚野郎が、心の底から大嫌いだ。
奴らの醜さは、前世の暗殺稼業で嫌と言うほど知ってる。
目の前の男は、正にその醜さを絵に描いたような豚男だ。
この手の輩は何処にでも居るってことだね。
見合い話を聞いた時も、相手側がこういう人間だというのは大体予想できてた。
「アルアイン君や。我の娘はどうかの? なかなかの別嬪じゃろう?」
──五月蝿い、権力を貪る口で話しかけるな、くそ豚。
一瞬、脳内に浮かんだ言葉を発しそうになる。
急に話題を振らないでよ。
「ええ、とても可憐な女性ですね。まるで、野に咲く一輪の花のようなお方です」
言っとくけど、これはお世辞でも何でもないよ?
僕の対面に座る少女は、かなり整った顔立ちをしている。
「本当に貴方の娘なのか」と問いただしたいくらいだ。
肩にかけて広がる紅い髪は、世の吟遊詩人が見れば、さながら静かに燃え広がる焔のようだと評価するだろね。
僕の言葉に気をよくしたのか、伯爵が笑い声を上げる。
「はっはっは、そうかそうか、花のようと申すか! うむ。年の割に小粋な事をいうではないか!! 良かったの、ファムよ」
「はい……お父様」
貴族令嬢さながらに、気品な香りを漂わせて、大人びた所作で応対する少女。
ただ、僕に言わせれば彼女もまた、このお見合いの被害者だ。
時折、親同士の話に相槌を打つその表情は、僅かに引き攣っていて、この見合い話を快く思っていないのが見て取れた。
……丁度いいや♪
「伯爵様」
「…なにかの?」
父さんのお世辞で上機嫌だった伯爵は、盛り上がっていた話(一方的)に水を差された事で、少しばかり機嫌の悪そうな返事が返ってくる。
父さんも、僕に向けて非難がましい顔をしているが、気にしない。
「お嬢様──ファム様を、町に案内さして頂いても宜しいでしょうか?」
「っ!!」
いち早くその言葉に反応したのは、伯爵の娘のファムだ。
少しだけ表情を変えた彼女と、僕の目が合う。
と、彼女は軽く頷いてくれた。
物分かりが良くて助かるね。
「お父様、私もアルアイン様と一緒に町を見て回りたいです。」
すかさず、僕の意図を察した彼女の援護が入る。
伯爵は機嫌の悪そうだった顔をわかりやすく喜悦に歪める。
彼にとって、僕達二人の仲が深まることは大歓迎なんだろう。
「おお、そうか! よいよい。我も、丁度そう思っておった所じゃ。ファムよ、失礼のないようにな」
「はい、お父様」
そして、豚──おっと…伯爵は父さんの方へと向き直る。
「男爵殿、貴殿も異論はないの?」
父さんは、一瞬心配そうな目をこちらへ向けるが、直ぐに伯爵へと向き直って言った。
「は、構いません。…アル、くれぐれも失礼のないように」
後半は、僕の耳に囁きかけるような声音だった。
僕は、それに対して頷く程度で応え、ファムの手を取って扉へ向かう。
「護衛はいらんかえ?」
伯爵が、側近から貰った手拭いで汗を拭いながら言う。
それに対して、僕はとびっきりの笑顔で振り向いて言った。
「必要ありません。私の町の治安はとても良いので。万一の場合は、私が命を賭してお嬢さんをお守りします」
「む、そうかの。なら、娘を頼んだぞ」
「お任せ下さい」
そう言って、僕らは部屋を出た。
長いのでわけました。
続きは明日更新します




