激闘! 日曜朝の魔導ドッジボール!
日曜日、午前7時59分50秒。
アトラスの各地で、それぞれの平穏な日曜の朝が刻まれていた。
アパート『ひばり荘』の六畳間。
いつも通りの寝間着姿で、煎餅布団に顔を埋めて至福の二度寝へと意識を手放しかけていた。
だが、無慈悲にも枕元の目覚まし時計が定刻を告げる。
布団からひょっこりと顔を出した白い毛玉――マニが無慈悲にカウントを刻んだ。
「五、四、三、二、一――空間転送、執行」
「ぎゃああああああああ待ってぇぇぇぇぇっ!?」
――カチィィィン!!
各地の四人の足元に、桜色、蒼氷、翠、黄金の魔法陣が同時に炸裂した!
◇
――ヒュオオオオッ、ドサァァァッ!!
「いったぁぁぁぁぁいっ!?」
「きゃあっ!? な、なんですの、この硬い人工芝は……!?」
「あらあら、まあまあ……箒を持ったまま飛ばされてしまいましたねぇ」
「あたッ! てかウチまだ夢の中だったんだけどォッ!?」
転送された先は――アトラス第1区の中央スタジアムだった。
本来ならプロの探索者たちが模擬戦を行う広大なフィールド。
だが、そのフィールドのど真ん中には、異様なパステルピンクと炎と水流で描かれた巨大な『ドッジボールコートの白線』が引かれていた。
「オホホホホ! よくぞ揃って飛んで火に入る夏の虫になりに来ましたわねぇ!」
「四人まとめて、私の計算式通りにコートの外へ叩き出してやろう!」
「ヒハッ! てめえらの可愛いパジャマパーティーはここまでだァッ!」
相手コートのエンドラインに並び立つ、シデン、ガロ、マユの三幹部!
そしてコートの中央で地響きを立てて咆哮を上げたのは――
バスケットボール、サッカーボール、バレーボール、そして無数のドッジボールが禍々しく融合し、頭に巨大なパステルピンクのハチマキを巻いた全高十五メートルの超巨大怪異『デコレーション・スポーツ・キマイラ』だった!
「これより開催しますのは、常世結社ネクロテイル主催『地獄の魔導ドッジボール大会』ですわ☆」
マユがパステルピンクのパラソルをクルクルと回して高笑いする。
「ルールは簡単!ただのドッジボール! 武器の使用は一切禁止のガチンコ勝負ですわ! ボールに当たって吹き飛んだら即・外野送り! 全滅させてコートの外へ叩き出して差し上げますわ〜〜〜!」
「ただのドッジボールって言っちゃってるし!」
その頭上へ、ブゥゥゥン……! と報道ドローンカメラが雪崩れ込んできた!
『日曜朝8時キタァァァッ!』
『今週はスタジアムでドッジボール対決!?』
『待って、四人の衣装バラバラで草www』
『ヨレヨレTシャツ、クマ柄パジャマ、稽古着、巫女服のカルテット助かる』
ドローンが至近距離まで迫る中、私たちの太ももと胸元のワンドが限界突破の熱を帯びる!
『――概念現実化プロトコル、同時執行』
「「「「ルミナステール! オープン!!」」」」
溢れる桜色のインク、舞い散る蒼氷の結晶、吹き荒れる翠の旋風、そして弾け飛ぶ黄金の稲妻!
神作画のカルテット変身バンクが炸裂し、ドレスを纏った私たちが人工芝へ着地する!
「夜空にひかる、優しい夢の物語! 『夢想神話ルミナ・ルナ』!」
「青い海から、信じる心の物語! 『深海神話ルミナ・マリン』!」
「青空をわたる、あたたかい風の物語! 『天風神話ルミナ・グレイス』!」
「黄金にひびく、元気ハツラツの物語! 『閃光神話ルミナ・ビート』☆」
バシィィィッ!!
全員のポーズが美しく決まった瞬間、ホログラムスクリーンが狂乱のコメントで埋め尽くされた!
『四人名乗りキタアアアアアアアアアア!!!!』
『ニチアサ戦隊だ!!』
『みんな武器持ってない! 格闘&スポーツ回だ!!』
『同接3500万突破ァァァッ!』
「フン、素手でどこまで保つかな! 先攻は我らだ、喰らえ――『超高圧屈折ハイドロ・スライダー』ッ!!」
シデンの冷徹な号令とともに、怪異が超高速の水流ボールを投げ込んできた!
一直線に飛来するかと思われたボールへ、マユが妖しく指先を鳴らす。
「普通に水流使っちゃってるし!!」
「ただ、早いだけの直線ボールですわ!」
「甘々ですの!『うっとりスイート・カーブ』☆」
パチンッ! とマユのリボンが空中で弾けた瞬間、ボールが直角に急激な不規則変化を起こした!
「なっ……曲がった!? ルナたん危ないっ!」
一番後ろにいた私を狙った軌道に、最前線にいたビートが咄嗟に割り込んだ!
身を挺して両手で抱え込もうとしたビートだったが、ボールは激しい回転とともに水流カッターのように爆発!
ドガァァァンッ!!
「きゃあああっ!?」
「ビートたん!?」
凄まじい衝撃波に弾き飛ばされ、ビートの華奢な体が内野の白線の外――外野エリアへと派手に転がり出てしまった!
『ああっ! 開始早々ビートがアウトになった!?』
『敵の変化球エグすぎるだろ!!』
「くそっ……! ごめん、みんな……!」
悔しそうに芝生を叩くビート。
「オホホホ! 一人脱落ですわ! 次はそこの緑の小娘ですわよ!」
「ガロ、火力を上乗せしろ! 視覚情報の遮断を行う!」
「ヒハッ! 纏めて消し炭になりなァッ!」
ガロが放った火炎ボールの周囲に、シデンが高圧の熱湯蒸気を炸裂させ、コート一面が真っ白な濃霧で包み込まれた!
「しまっ……視界が!?」
「風よ、吹き荒れて――」
グレイスが濃霧を晴らそうと風水術を展開した、その一瞬の隙。
霧の奥から、無音で音速を超えた火炎球がグレイスの足元へ滑り込んできた!
ドシュゥッ!!
「きゃあっ……!」
足首を直撃されたグレイスの体が宙を舞い、そのままコートの外側へと押し出されてしまう!
「グレイスたんまで……ッ!」
「残るは二人……計算通りだ」
眼鏡を冷たく光らせるシデン。
怪異の両腕から放たれたのは、二つのボールを空中で激突させ、予測不能な軌道で跳弾させる『二重跳弾スライサー』!
「冲奈さんはわたくしが守りますわ! 竜宮寺流――【流水払い】!」
マリンが神速のステップで前に躍り出た!
手刀を滑らせ、一球目を鮮やかに受け流す。
――だが、跳弾した二球目は、水たまりの反射を利用してマリンの死角、足元のブラインドから跳ね上がってきた!
「なっ……卑怯な……っ!?」
ドガッ!!
「くっ……あぁぁぁっ!?」
腹部を直撃されたマリンが人工芝を滑り、そのまま外野ラインを越えて転がり出た。
…………完全なる静寂。
わずか数分の間に、前衛の頼もしい三人が全員、卑劣な搦め手によってコートの外――外野へと追いやられてしまったのだ。
内野に残されたのは。
ドッジボールの特訓で、顔面にボールを受けてヘディングし、パニックでホームランを打っていた――私、ルナただ一人。
『嘘だろ……!? 全滅寸前じゃん!!』
『頼もしい三人が全員外野送り!?』
『残ったの、一番ビビり散らかしてたルナたんだけだぞ!?』
『逃げてぇぇぇ! これ絶対捕れないって!!』
配信コメントが絶望で埋め尽くされていく。
「オホホホホ! 残るはあのネズミのように怯える小娘ただ一人ですわ〜〜〜!」
「勝負ありだな。確率にして我が軍の勝率は百パーセントだ」
「ヒハッ! 泣きっ面でコートの外まで吹っ飛びなァッ!」
怪異の胸の中央、無数のボールが禍々しく融合した超巨大なパステルピンクの核が、カチリと回転を始めた。
スタジアム中の空気を呑み込み、ボールがみるみるうちに直径五メートルを超える超巨大魔球へと膨張していく。
絶体絶命。
昨日までの練習で一切捕球できなかった私だけが残ってしまっていた。
(無理無理無理……! 三人ですら捕れなかったのに、私なんかが捕れるわけないよ……!)
逃げ腰になり、後ずさりして外野ラインを跨ぎそうになった――その時だった。
「――おっきーッッ!!!!」
コートの外、外野の芝生から、喉を引き裂くような叫びが届いた。
泥だらけのビートが、立ち上がり、拳を振り上げて叫んでいた。
「諦めんなぁぁぁッ! 逃げたっていい! でも絶対にボールは見るんだよ! おっきーはウチらのリーダーっしょ!!」
「冲奈さんっ!!」
マリンが立ち上がり、痛む体を支えながら必死に叫ぶ。
「思い出してくださいまし! 相手の呼吸を、球の芯を観るのです! 恐怖で目を瞑ってはなりません! 貴女の身体は、すでに戦う術を知っていますわ!!」
「冲奈ちゃんっ……!」
グレイスも両手を口元に当て、必死に声を張り上げていた。
「風を感じてください! ボールは怖くありません! 優しく、包み込んであげればいいんです!!」
三人の声が、私の胸の奥へ、直接突き刺さった。
脳裏を駆け巡る、この数週間の記憶。
教室で笑いかけてくれたこと。
ファミレスでくだらない話をしてポテトを分けたこと。
ボロアパートの六畳間に集まって、みんなで土鍋を囲んだこと。
そして昨日、放課後のグラウンドや河川敷で、不器用な私のために日が暮れるまで付き合ってくれたこと。
(……そうだ)
私は、ぎゅっと自分の両手を握りしめた。
(私はずっと……みんなに助けられてばかりだった。友達がいなくて孤独だった私に、眩しい青春をくれたのは……あのみんなだったんだ)
いつも前で敵をなぎ倒してくれたビート。
凛として背中を守ってくれたマリン。
温かく包み込んでくれたグレイス。
(ここで私が逃げたら……みんな負けちゃう。みんなの笑顔が、消えちゃう……!)
ドクンッ、と胸の奥の羽ペンが、かつてないほど激しい熱を帯びた。
(守られたままで終わってたまるか……! 今度は……今度は私が、みんなを助けるんだぁっ!!)
逃げ腰だった両足を、人工芝へ深く踏み込んだ。
恐怖が消え去ったわけじゃない。
けれど、その恐怖を押し殺し、私は両目をカッと見開いた!
「咲き誇りなさい! わたくしの特製必殺魔球――『超特大メルヘン・剛速スパイラル・シュート』ッ!!」
ドパァァァァァンッ!!
怪異の胸から放たれたのは、岩山すら一撃で粉砕するほどの超高密度・巨大魔球!
時速二百キロを超える神速の魔球が、私へ向けて一直線に迫る!
視界を覆い尽くす、圧倒的なピンクの質量。
激しいスピン、空気の渦、縫い目のブレ。
けれど――見えた。
かりんの言った「しっかり見つめる目」が、麗の言った「相手の全身から軌道を読む動体視力」が、天女の言った「空気の流れを捉える感覚」が!
みんなとの練習が、一本の線となって奇跡のように噛み合った!
「ボールを……見る……!」
全身の力を完全に抜いた。
極限の脱力。
激突の寸前――私は自ら体を半歩引きながら、猛烈なスピンを描くボールの回転軸に合わせて、両腕を柔らかく滑り込ませた!
ズザザザザァッ!!
激突の轟音は鳴らなかった。
激突するはずの超巨大魔球を、私は胸元の空間で優しく包み込み、後ろへくるりとステップを踏みながら、遠心力と全身のしなりを使って回転のエネルギーをすべて逃がしたのだ!
人工芝の上を十メートル滑りながら――
私の両腕の中には、煙を上げてピタリと回転を止めた、巨大なピンクのボールが綺麗に収まっていた。
「…………え?」
スタジアム全体、そして配信コメント欄が一瞬で凍りついた。
「と……取れた……ッ!!」
私が胸の中で煙を吹くボールを抱きしめると、頭の上のマニが誇らしげに鼻を鳴らした。
「お見事。仲間を信じる心が、すべての経験を一つに結実させましたね、冲奈様!」
『うおおおおおおおおっ!? 神キャッチキタアアアアアアッ!!』
『あの一撃を一人でノーモーション捕球したぞ!?』
『同接4500万突破ァァァッ!!』
「みんな! 繋ぐよっ!!」
私は下水路の土嚢投げ仕込みの美しいフォームで、手首のスナップを利かせ、抱えていた巨大ボールを外野のビートへ向けて放り投げた!
寸分の狂いもない、最高精度のストレートパス!
「ナイスキャッチ&ナイスパスおっきーッッ!!」
外野のビートがボールをがっしりとキャッチ!
「ドッジボールの真髄は、内野と外野のパスワークっしょ! うらっち、あめりん、回せぇぇぇっ!」
ビートからマリンへ、マリンからグレイスへ!
外野の三人がスタジアムの三方向から、目にも留まらぬ超高速パス回しを展開する!
敵の内野にいる怪異と三幹部は、四方八方から飛び交うボールに視界を奪われ、パニックに陥って右往左往する!
「なっ……どこから狙ってくるのだ!? 計算が追いつかん!」
「ちょ、速すぎて目が回りますわ〜〜〜っ!?」
「今です、冲奈さん! 内野へ戻し――決めてくださいましッ!!」
外野のマリンが放った鋭いライナーパスを、グレイスが風の旋風で天高くトスアップ!
スタジアムの天井へ向けて打ち上げられたボールの直下へ、内野の中央から、私が全力で大地を蹴って跳躍した!
手には武器などない。
あるのは、仲間たちが繋いでくれたボールと、私の右の手のひらだけ!
「これで……全員……アウトぉぉぉぉぉぉぉッッ!!!!」
私は空中で全身を極限まで弓なりにしならせ、落ちてきたボールへ向けて、満月の魔力を宿した右手で渾身のフルスイングを叩き込んだ!
――『フルムーン・ドリーム・シュートォォ』ッ!!
ドガガガガガガガガァァァンッ!!
満月と四色の光を纏ったボールは、超新星の超豪速球となって一直線に相手コートへ急降下!
怪異のど真ん中、胸のコアへ向けて突き刺さるように直撃した!
ドッゴォォォォォンッ!!
怪異の球体装甲が内側からパリンッと粉々に砕け散り、核となっていた悪夢の種が木っ端微塵に爆砕された!
「ギシャアアアッ!?」
怪異は眩い光の粒子となって崩壊し、スタジアム一面に桜色の紙吹雪が降り注いでいく。
「計算が……武器も使わず、ただのドッジボールの連携で完敗するなど、計算が合わんぞォォォッ!?」
「クソがぁぁぁ! 外野と内野のパス回しに完敗だぁぁぁッ!」
「キーッ! 今日も今日とて引き分けにしてあげますわ〜〜〜っ!」
吹き飛ばされた三幹部は、シャボン玉と爆風に巻き込まれ、綺麗な放物線を描いて空の彼方へ消え去っていった。
◇
『完・全・勝・利!!!!』
『ルナたんの覚醒キャッチからの全員パスワーク熱すぎだろ!!』
『仲間を信じる力、これぞ本物のニチアサだ!!』
ドローンカメラが大歓声のコメントを投影しながら去っていく。
戦闘終了とともに変身が解け、人工芝の上には、いつもの格好に戻った四人がいた。
ヨレヨレTシャツの私、クマ柄パジャマのかりん、白の稽古着の麗、そして箒を抱えた巫女服の天女。
「おっきーーーーーーっ!!」
外野からかりんが猛ダッシュで突進してきて、私の腰へ強烈なタックルのような抱擁をかましてきた!
「痛っ、かりんちゃん!?」
「マジでカッコよすぎた! あの絶体絶命の状況から捕っちゃうとか、アンタが本物のウチらの守護神だよぉぉぉっ!!」
かりんが涙目で私の頭をぐしゃぐしゃと撫で回す。
「ふふ、見事でしたわ、冲奈さん。恐怖に打ち勝ち、わたくしたちの言葉を信じてくださって……本当に嬉しかったですわ」
麗も駆け寄ってきて、誇らしそうに目元を潤ませて微笑む。
「冲奈ちゃん、とってもかっこよかったですよぉ」
天女も優しく抱きしめてくれ、四人でぎゅっと重なり合って笑い合った。
胸元のポケットからマニがひょっこり顔を出し、私にだけ聞こえる声で囁く。
『冲奈様。恐怖を乗り越え、仲間と共に勝利を掴む感覚……完全に魂へ刻まれましたね』
『うん……! なんか、あんなに怖かったボールが、今はすごく愛おしく思えるよ』
自分の両の手のひらを見つめ、私はぎゅっと拳を握りしめた。
実戦の中で掴んだ、確かな手応え。
――けれど。
マニはふと、地面をじっと見つめて真ん丸な瞳を険しく光らせた。
『……冲奈様。浄化された悪夢の残滓が、またしても地下深く……『深層迷宮』の方向へと吸い寄せられていきました』
『……深層。紫織先輩が、一人で調査してる場所……』
私の胸の奥が、トクンと小さく跳ねた。
けれど、今は目の前の仲間たちが笑っている。
「よーし! これなら来週の球技大会、1年A組で絶対優勝できるっしょ!」
「ええ! わたくしたちの連携、全校生徒に見せつけてやりましょう!」
「ふふ、とっても楽しみですねぇ」
秋晴れの青空の下、私たちは声を合わせて笑い合い、それぞれの家へと元気に帰路についたのだった。




