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ポテト会議

「――おっきー、ちょっといい?」


月曜日の終礼が終わった直後。

かりんが私の机の前にやってきて、いたずらっぽく片目をウインクしてみせた。

ハニーブロンドのサイドテールを指先でくるりと弄びながら瞳をキラキラと輝かせている。


「昨日は本当にありがとね。おばあちゃんのこと、助けてくれてさ」

「ううん、おばあちゃんが無事で本当によかったよ」

「へへっ。……でさ! 落ち着いて考えたら、聞きたいことが山ほどあるんだけど! 放課後、ちょっとファミレス付き合ってくんない?」


その顔には隠しきれない好奇心とワクワクが全身から滲み出ている。

私が苦笑いしながら頷くと、隣の席から麗がすっと立ち上がった。


「ふふ、坂田さんが殊勝にしているのは珍しいですわね。もちろん、わたくしたちも同行いたしますわ。よく考えたら私たちも聞きたいことが山ほどありますし」

「ええ、みんなでゆっくりお話ししましょう」


天女もふわりと微笑みながらカバンを肩にかける。

すると――私のカバンのファスナーの隙間から、もぞもぞと白い毛玉が顔を出した。


「モキュッ」

「……ん? あれ、何これ?」


かりんが目を丸くした。

カバンからひょっこりと現れたのは、両手サイズの雪のように白い生き物――マニだ。

つぶらな黒い瞳で、じっとかりんを見上げている。


「えっ……嘘、モモンガ!? 超可愛いんだけど! おっきー、学校に連れてきちゃって大丈夫なの!?」


かりんがおずおずと指先を近づけた、その時だった。


「初めまして、坂田かりん様。まずは昨日の覚醒、実にお見事でした」


静かな教室に響いたのは、あまりにも落ち着き払った、優雅で知的な大人の女性の声だった。


「…………」


かりんの指先が、空中でピタリと止まった。

目をパチクリと瞬かせ、マニと私を三往復くらい見比べる。


「……えっ!? えぇええ!? 喋った!?」

「ふふ、マニちゃんは喋れる霊獣なんですよ」

「最初から驚かせてしまってすみませんね。人目につく場所では話せませんので……作戦会議の場へ参りましょうか」


マニがちょこんと前足を揃えて頭を下げると、かりんは「うわ、マジで礼儀正しい……!」と感心したように目を輝かせた。


◇


やってきたのは、駅前のファミリーレストラン。

奥まったボックス席のテーブルの真ん中に、マニがちょこんと腰掛けている。

テーブルの上には、かりんが頼んだ山盛りポテトフライのバスケット。


カリッ、カリッ。


マニは器用に両前足でポテトを一本掴み、小動物の小さなお口でハフハフと頬張りながら、満足そうに目を細めた。


「……ふむ。やはりここのポテトは塩加減が絶妙ですね。冲奈様、ケチャップを少しこちらへいただけますか」

「はいはい、どうぞ……」

「え、普通にポテト食べるんだ……。てかケチャップ派なんだね」


かりんは面白そうに頬杖をつきながら、マニの食事風景を眺めている。


「さて。まずは改めて自己紹介を。私は世界の根源たる『蓬莱の玉』の守護者に仕える守護霊獣、マニと申します」

「うん、よろしくマニちゃん。……で、さっそくなんだけど、ウチらが戦ってるあの敵って、結局なんなの?」


かりんがストローでメロンソーダを吸いながら、真剣な眼差しで尋ねた。

マニは前足を綺麗に整え、静かに語り始める。


「我らが対峙する『常世結社ネクロテイル』。彼らの首領であるヴォイドは、『生きることそのものが苦痛であり、全てを白紙の無へ還すことこそが真の救済である』という考えのもと、街を巡る龍脈のマナを腐敗させ、世界のすべてを飲み込もうとしているのです」

「白紙に戻す……? そんなの、街のみんなもおばあちゃんも、ぜんぶ消えちゃうってことじゃん!」

「はい。彼らは人の心の隙間――不安や孤独、焦燥といった『負の感情』を苗床にして怪異を育て、現実世界へ侵食させています」


麗のお父さんの苦悩、天女の押し殺してきた本音、そしてかりんの焦燥。

全部、ネクロテイルが悪夢の種として利用したものだった。


「そして、その世界の崩壊を食い止める防波堤として選ばれたのが、星を紡ぐ光の守護者――皆様『ルミナテイル』なのです」

「なるほどね……。日曜朝のあの激アツバトル、マジで世界を救う本物の戦いだったんだぁ」


かりんは腕を組み、深く納得したように頷いた。

そして――ふっと表情を緩め、向かいの席に座る私をまじまじと見つめてきた。


「でさ、おっきー。……なんでおっきーがあんな伝説の変身ヒロインのリーダーやってるわけ? 教室にいる時なんて、いっつも借りてきた猫みたいに小さくなってんのに」

「うっ……」


図星を突かれて言葉に詰まる私。

まさか前世が三十五歳の下水路清掃員のおっさんで、ガラクタをスキルで磨いたら常時TS美少女化させられたなんて言えるはずがない。


「そ、それはその……! 下水路の掃除中に、変なアンティークを拾って磨いちゃったら、急に変身の契約が結ばれちゃって……」

「はい。冲奈様は、完全なる巻き込まれ事故の契約者です」


マニがポテトをかじりながら淡々と補足した。


「元より戦闘経験など皆無の小市民。日々の家計簿の赤字と納豆の安売りを気にしながら、平日は特進クラスの隅で必死に生き延びておられます」

「赤字と納豆の話は余計だから……!」


私が赤面して突っ伏すと、麗が真面目な顔で身を乗り出してきた。


「まあ、冲奈さん。我が家の料理人を派遣すれば、食費などいくらでも浮きますのに」

「ふふ、神社のお米とお野菜も、いつでもお持ち帰りいただけますよ」

「ありがとう二人とも……」


過保護な二人に手を振る私を見て、かりんはプッと吹き出し、楽しそうに笑った。


「あっはは、なにそれ! 世界を救うリーダーなのに、めっちゃおっきーじゃん!あんな超絶可愛い姿でウインク決めてるから、中身まで別次元の完璧美少女になっちゃったのかと思ったじゃん!」

「変身すると、なんか口調も変わっちゃうんだよ……」

「あはは! ルナたん時のおっきーも大好きだけどね!」


かりんはカラッと笑い飛ばしてくれた。

特別扱いするでもなく、いつもの友達として接してくれるその距離感が、どうしようもなく心地いい。


「……あ、そういえばマニちゃん。なんで変身するのって、いっつも『日曜朝8時』なの? ウチ、あの時間いつもパジャマなんだけど」

「それにはきちんとした理由がございます」


マニは居住まいを正し、真面目なトーンに戻った。


「アトラスの地下を巡る龍脈のマナは、一週間の周期で満ち引きを繰り返します。街の人々の活動エネルギーが溜まり、最もマナが臨界突破して空間の境界が揺らぐタイムリミット――それが【日曜日の午前8時】なのです」

「なるほど……。怪異が最も現実へ侵食しやすい時間帯だからこそ、強制転送のプロトコルが執行されるわけですわね」


麗が腕を組んで頷く。


「その通りです。そして皆様が四人揃ったことで、悪夢の浄化効率は格段に跳ね上がりました。日曜朝は四人で連携し、悪夢を浄化してください。……平日は探索者アカデミーの生徒として、学業と何気ない日常を最優先に過ごしていただいて結構ですので」

「平日何もしなくていいのはマジで助かる〜! 放課後寄り道できない人生とか絶対無理だし!」


かりんが両手を上げて、気持ちよさそうに伸びをした。

日曜朝の理不尽な強制変身は相変わらずだけど、もう一人で震えなくていい。

背中を預け合える仲間が、こんなにも頼もしく隣にいてくれるのだから。


――その時だった。


マニがふと、窓の外の茜色の空を見つめ、静かに声を落とした。


「……そして皆様。最後にもう一つ、お伝えせねばならない事実がございます」

「ん? なになに、まだ何かあんの?」


かりんが首を傾げる。


「この調律器が求める光の守護者は……四人では終わりません」

「「「……えっ?」」」


私、麗、天女、かりんの視線が、一斉にマニへと集まった。


「四人では、終わらない……? まだ仲間がいるってことですの?」


麗が目を見張る。


「はい。世界の根源たる『蓬莱の玉』の器を完全に満たすためには、五つの神話の光が必要となります。……この街には、星を紡ぐ『第五の光の継承者』が眠っているのです」


マニの言葉に、私の胸の奥がトクンと小さく跳ねた。

脳裏に浮かび上がったのは――

以前、このファミレスでベリーパフェを美味しそうに頬張り、生徒たちの安全を人一倍心配していた、あの凛々しくも美しい姿。


『……最近、下層から湧き上がる魔力の龍脈に、不自然な乱れが観測されているのよ』

『あなたたちだけで対処できない事態が起きたら、躊躇わず救難信号を出しなさい』


あの時、私の太もものワンドが放った、深く澄み渡る「紫紺の光」。


(……鶴ヶ谷、紫織先輩……)


「ですが……その方の魂は今、あまりにも重い孤独の中で、軋みを上げています」


マニが静かに目を伏せた。


「孤高であろうとするがゆえに、誰の手も取れず、自らを削り続けているのです……」


ふと、ファミレスの大きなガラス窓の向こう。

茜色に染まる駅前通りを、腕に「風紀巡回」の腕章を巻き、背筋をピンと伸ばして一人歩いていく、黒髪の上級生の後ろ姿が見えた。


学園最強の生徒会長。

誰にも頼らず、すべてを一人で背負い込もうとしている、あの人の細い肩。


テーブルの下で、私の太ももの羽ペンが、蛍火のように淡く、紫紺の光を瞬かせていた。

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