おっさん、美少女になる。
人生の帳尻合わせというやつは、得てして一番最悪な形でやってくるらしい。
「……どうしてこうなった」
全身鏡に映る自分を見つめながら、俺は――いや、私は深いため息をついた。
華奢な肩、透き通るような白い肌、色素の薄い琥珀色の瞳。ヨレヨレのTシャツの襟元からは、細い鎖骨と、男だった頃には絶対に存在しなかった胸のふくらみが覗いている。
身長は152センチ。どこからどう見ても、線の細い素朴な中学生くらいの少女だった。
だが、中身は三十五歳。
親なし、身寄りなし、独身。地下鉄が迷宮化して久しい2076年の東京で、泥水を啜りながら生きてきた元・Fランク下水路清掃員、月代冲奈である。
「冲奈様、ため息をつくと幸せが逃げてしまいますよ。本日の家計簿ですが、今月の赤字はすでにアトラス・クレジット換算で一万二千を超えております」
部屋の巣箱からひょっこりと顔を出したのは、両手サイズのエゾモモンガのような生き物――マニだ。
雪のような白毛と満月模様を持つこの喋る守護霊獣は、落ち着いた大人の女性の声で無慈悲な現実を突きつけてくる。
「わかってるよマニ……。でも男歴三十五年がいきなりこれになったら、誰だって胃に穴が空くって」
事の発端は三日前。
ダンジョン最下層の側溝を掃除中、泥にまみれたアンティークなコンパクトを拾ったことだった。
私の生来スキルは【レストア】。壊れた道具を修復するだけの地味なFランク能力だ。
ただの職業病で、魔力を通して泥を拭い、ピカピカに磨き上げてしまったのが運の尽き。
カチリと封印が外れた瞬間、謎の閃光に包まれ、気がつけば男のシンボルは消滅、肉体は若返り、太ももには外れない羽ペン型のホルダーが巻き付き、おまけに古代の霊獣が懐いてきた。
なってしまったものは仕方がない。
真面目に生きていければ肉体なんて二の次だ、と行政窓口へ身分証の再発行に行ったのだが――。
『生体年齢:14歳。実務年数:15年。データ論理不整合を検知』
『実務年数のため中等部は飛び級免除。ただし生体年齢14歳のため、児童福祉協定に基づき認可高等専門アカデミーへの在籍を義務付けます』
『※未就学の場合、ライセンス失効および口座凍結を執行』
「高校行かないと今日の納豆すら買えないってどういうこと!?」
抗議は門前払いを食らい、実技試験ではパニックでツルハシを放り投げたらたまたま魔獣の眉間に直撃して絶命。
試験官に「とんでもない新星」と勘違いされ、俺はエリートが集う『国立アストライア探索者アカデミー・戦闘特進1年A組』へと特待生で放り込まれることになった。
◇
「……初日くらい、目立たず隅っこで静かにやり過ごそう」
真新しいブレザーの袖が余って萌え袖になりがちなのを気にしつつ、私は重い足取りで教室のドアを開けた。
ガララッ、と音を立てて開いた教室の中には、すでに数名の生徒がいた。
「あら……あなたが例の、十四歳で飛び級してきたという特待生ですの?」
涼やかで、凛とした声。
振り返ったのは、腰まで届く艶やかな濃藍色の黒髪に、勝気で鋭い水色の瞳を持つ少女――名門・竜宮寺財閥の令嬢、竜宮寺麗だった。
腰には抜刀術の使い手らしく、冷気を放つ名刀を帯びている。
「……っ」
その鋭い視線に気圧され、俺は喉を鳴らした。
いかにも名門のエリートという雰囲気で、近寄りがたい。
「十四歳で特進クラスに編入など前代未聞ですわ。どんな達人かと思えば……随分と小柄で、頼りなさげな方ですこと」
品定めするようにじっと見つめられ、俺は愛想笑いを浮かべながらペコペコと頭を下げる。
「あ、どうも……月代冲奈です。手違いみたいなものなんで、気にしないでください……」
「手違い……? よくわかりませんけれど、ここは遊び半分で生き残れる場所ではありませんわよ」
ツンと顎をそらし、つれない態度をとる麗。
冷たいが、悪意というよりは単に真面目で他人に厳しいタイプなのだろう。
無難に返事をしながら、やり過ごしたほうが良さそうだ。
そう思ってそそくさと空いている席へ向かおうとした、その時だった。
「おっはよ〜! うらっち、朝からまたピリピリしてんの〜?」
ガラッと勢いよくドアが開き、金髪サイドテールにピンクのインナーカラーを入れたギャルが飛び込んできた。
ブレザーの前を全開にしてパステルカラーのパーカーを着込み、スマホにはジャラジャラと熊のマスコットがついている。
「だ、誰がうらっちですの! 馴れ馴れしく呼ばないでと何度も言っているでしょう、坂田さん!」
「いーじゃん減るもんじゃないし! ……ってか、あれ? 君が噂の新入生?」
ギャル――坂田かりんは、ずかずかと俺の目の前まで歩み寄ってくると、まじまじと顔を覗き込んできた。距離が近すぎる。
「おっきー、ちっちゃくてチョー可愛いじゃん! ウチは坂田かりん! よろピ〜☆」
「お、おっきー……? あ、月代冲奈です、よろしく……」
「敬語とかマジ堅いって! 同じクラスなんだからタメでいーじゃん! ねっ!」
バシィン、と背中を快活に叩かれた。痛い。だが、さっきの張り詰めた空気を一瞬で吹き飛ばす圧倒的な陽のノリだ。
「ふふ、かりんちゃんは相変わらず元気ですねぇ。おはようございます」
教室の奥から、若草色の髪を肩口でふんわり束ねた少女が歩み寄ってきた。
のんびりとしたタレ目に、制服の上からでもわかる豊かな胸元。羽衣天女――神道系の旧家の跡取り巫女だ。
「月代さん、でしたよね。私は羽衣天女です。よろしくね」
「あ、羽衣さん、よろしくお願いします」
「ふふ、私のことも気軽に『天女』って呼んでくださいね。席、私の隣が空いてますよ」
ふわりと穏やかに微笑む天女。
お嬢様の麗はツンツンしていて、ギャルのかりんは距離感ゼロ、巫女の天女はマイペースでおっとり。
三者三様、まだお互いに「クラスメイトになったばかりの知り合い」というぎこちなさはあるものの、悪い子たちではなさそうだ。
そんな中、担当教師が教室へと入ってくる。
「よし、席着いた着いた! 今日の放課後の実技演習、このクラスになってからは初めてだろう!気合い入れていけよー!」
「馴れ合っている暇はありませんわ。足を引っ張らないでくださいね、月代さん」
「あ、はい……頑張ります……(できることなら見学したい……)」
こうして、三十五歳の元清掃員と、個性豊かな女子高生たちの奇妙な学園生活が幕を開けたのだった。




