第3話:先生がXに投稿してる動画、あきらかにMV詐欺ですよね!?
「先生、あれは一体なんなんですか!」
担当編集の琴波が声を荒らげて、先生の襟首を掴んだ。
「え!? 第八巻の原稿なら、先日キッチリ出したじゃないですかっ!」
「そんなことはどうでもいいんです!」
「え? 第2話で、原稿を持って帰るのが私の仕事、みたいなこと言ってませんでした?」
「あ」
先生からのまともなツッコミを受けて、琴波はようやく冷静さを取り戻した。
「……それはそれ、これはこれです」
「別腹ですか?」
「そのキーワードを私に使わないでください! ……じゃなくて、これですよ!」
琴波は先生の襟首から手を離すと、スマートフォンを突きつけた。
スマートフォンの画面には、見覚えのある投稿が表示されていた。
「あ。先日Xに投稿したやつ」
「そうです!」
「『理系作家』の宣伝MVですね」
「そう、それですよ!」
先生は首を傾げた。
「よく出来てたでしょう?」
「完成度はともかく!」
「はい?」
「とりあえず見てください!」
琴波が再生ボタンを押した。
軽快でキャッチーなイントロとともに『よろずや結城』のカットがアップされる。
♪朝焼け 窓辺で コーヒーをすすって
「え? これのどこが問題なんですか?」
MVの女性ボイスが、映像の切り替えにともなって歌を続けている。
そして。
♪ビーカー片手にため息ひとつ
「まずココ!」
琴波が映像を止めた。
「晶がビーカーを持ってアイテム作ってるシーン、『理系作家』本編にありました!?」
「いやぁ、晶の研究室時代のイメージを出したくて……つい」
「転移前の設定は私も知ってます。でも、一般の読者さんは知らないんですよ!」
「そりゃ、まあ……」
「それに!」
琴波が画面の中のビーカーを指差す。
「理系だから、とりあえずビーカー持たせときゃいいだろ、みたいな安直さが気に入りません!」
「そこまで言います?」
「言います! 理系にも色々あるでしょうが!」
「晶は化学系ですよ?」
「だったらなおさらです! ですが、問題はもっと別なところにあります」
琴波は動画をさらに進めた。
♪だけど遠くで鐘がなる
♪笑い声の奥 影が揺れる
画面いっぱいに、巨大な魔物が現れる。
「こんな敵、出てきましたっけ?」
「第135話『スキュラ・クイーンの猛攻』」
「即答!?」
「自分の小説ですから」
「いや、出てくるならいいんですけど……それにしたって、敵が大きすぎるでしょう!」
「演出です」
「演出で三倍くらいになってません!?」
「大きい方が強そうでしょう?」
「実物だって十分強いんですよ!」
「映えですよ、映え」
「魔物をインスタ映えみたいに言わないでください!」
「だから演出じゃないですか」
「まあ、宙に浮いた本に触れたら、光の剣が生まれて敵に打ち出されるシーンも、本編では一度もないですが……」
「…………」
「百歩譲って、ここまでは良しとしましょう。でも!」
♪涙さえも反応に変えて
♪壊れそうな世界の果てで
「クラーケン退治、あんなカッコいいやり方 じゃなかったですよね!?」
「たしかに、レバガチャで瞬殺ですけど、そんなシーン出したら、コメディ感丸出しじゃないですか!?」
「コメディのカテゴリに入れておきながら、今更なに言ってるんですか!」
「いいえ、あれはハイファンです!」
「いつ変えたんですか!?」
「変えてませんが、心はハイファンです!」
「言ってる意味が分かりません!」
先生は心外そうに口を尖らせた。
「……『拾われ聖女』は『仕事』だから、書きたいことを百パーセントは書けません」
「……」
「もちろん、版権や出版社の兼ね合いもあるので、勝手にMVを作ることもできません」
「……」
「でも、『理系作家』は趣味で書いてる小説です」
先生は、琴波の持っているスマートフォンへ目を落とした。
「MVくらい私の好きに作ったら……ダメなんですかねぇ」
「…………」
琴波は黙った。
ほんの少しだけ、気まずそうに視線を逸らす。
「……まあ」
「でしょう?」
先生の顔が、ぱっと明るくなった。
「趣味で好きなものを書くのは、先生の自由です」
「ですよね!」
「でも、読者を騙していいことにはなりません」
「騙してません! 演出です!」
「まだ言いますか!」
ふたりが言い合っているうちにも、MVは流れ続けていた。
♪ピロリンと鳴る 運命の音
♪また変な称号が 増えていく
曲は、そのままアウトロへと向かっていく。
「まぁ、イメージとしては悪くないですね」
「でしょ〜♪」
「まぁ、駆け上がる感じのサビのメロディと『♪この知識が剣になるなら』の歌詞は私も好きですけどね」
「あ、分かってくれます?」
「……でも」
「はい?」
「やっぱりこれ、コメディじゃないですか」
「心はハイファンです!」
「それはもういいです!」
※余談ですが、作中に登場したMVは、作者のX(@kotoha_houkago)の固定ポストに実際に投稿されています。




