陽の巻
訳が分からないまま、一益の背中に負ぶわれた。
一益は、何度も俺を背負い直し、最適なポジションを探し当てると、黙って歩き始めた。
人間を一人、背負っているとはとても思えない、軽やかな足取り。
俺は、一益の背中で身じろぎもせず、息をひそめている。
一益に背負われた俺は、あばら家の前にたどり着いた。
話し声が聞こえる。胡蝶と――老婆、だ。
すぐさま中から胡蝶の声がした。
「――カワセミ、いるんでしょう? 入ってきたら?」
驚いた。本当に足音で分かるんだ――。
「――いや、俺はいい。話ならここからでも聞こえる。
外で――邪魔が入らないよう、見張っててやる」
「そう? 悪いわね。ありがとう――」
胡蝶は少し、言葉に詰まった。
少し小さな声で、おずおずと尋ねる。
「彼、戻ってきそうだった――?」
「いいや、多分大丈夫だ」
一益は、俺を背負い直した。
一益の顔には罪悪感がありありと浮かんでいたが、声色には変化はない。さすがだ。
「――俺のことは、気にするな」
「分かった」
胡蝶は相手に向かい直ったようだった。
「――話は済んだのかい?」
年老いた女の声がした。
「ええ。ごめんなさい。
続きを話しましょう」
胡蝶が相手に向き直る気配がした。
「――で? 月のものはあるのかい?」
年老いた女が尋ねた。胡蝶が答える。
「ええ。あるわ」
「そうかい。
じゃあ、子供を宿すことはできるんだね」
「そう。だと、いいのだけれど」
年老いた女が、鼻を鳴らした。
この女は――産婆、か……?
でも、おかしくないか?
胡蝶は俺の正妻だ。
産婆に用があるのなら、堂々と屋敷に呼べばいい。
こんな風に、こそこそする必要はないじゃないか。
だけど――。胡蝶が産婆と話しているということは、俺の子供を産む件について、真剣に考えてくれているという事じゃないか。それは。喜ばしいことだ。
なのに、どうして一益はあんなに悩んでいたんだ?
胡蝶は俺の正妻だぞ。なにも問題はないはずだ。
それともやっぱり、一益も胡蝶と結ばれたくて――?
年老いた女が言った。
「分かった。
単刀直入に言うよ。
――あんたに子は産めない」
俺はびくりと体をこわばらせた。
――どういう……事だ……?
一益は、微動だにしない。
――一益は……。知って……いたのか……?
「――そう」
胡蝶の静かな声が聞こえた。
胡蝶の声にも動揺は見られない。
つまり――。
知らなかったのは、俺だけってこと――!?
そういえば……。
ずっと昔、政じいが生きていたころ、胡蝶の体つきについて心配していたことがあった。あんな体つきで子供が産めるのか、と――。
俺は――。聞き流してしまっていたけれど――。
それってどういう……。
産婆は続けた。
「あたしは今まで、一千人以上の子供を取り上げてきたよ。
元気に生まれた子もいるし、死産だった子もいる。
どんな女にとっても、出産は命がけさ。特に初産はね。
だけど、あんたの場合は――。そのレベルにすら達していないよ」
「――そう」
胡蝶が答えた。




