~陽の巻~ 稲生村のはずれ・9月
今、稲生村の南東の外れでは、兵士たちが集まって土を掘り、木の板を並べて簡単な砦を作っている。
俺は篠木に行く前に、稲生に立ち寄ることにした。
俺は馬から降り、ゆっくりと歩いて近づいていく。
砦の補強チームの男が一人、疲弊した顔を上げてこちらを見た。
俺は笑顔で手を振り、声をかけた。
「お、犬六じゃないか。頑張ってるか? 困ったことはないか?」
犬六は新入りだ。
動きが緩慢で、鈍くさい。武器の扱いもうまくないと聞いている。
「へぇ……まあ……」
犬六は気まずそうに眼をそらした。
犬六の両隣にいた二人が、不機嫌そうな顔をしてぷいっと横を向いた。
あ……。うまくいってないな。
ぎくしゃくとした空気がこの場を支配している。
どうしよう。
何か、良い所。犬六のいいところを、探して見つけて、皆に教えてあげないと。
良い所、良い所。
絶対に、ある。誰にだって、ある。
だから犬六にだって、絶対に、何か、あるはずなんだ。
俺は必死で犬六を観察しながら、彼が補修した箇所に目をやる。
両側の二人とは、明らかに範囲が狭い。
――仕事が遅い。
確かに、そういう苦情は聞いている。
だけど。
「犬六が補修した場所が一番、丈夫そうだ!」
俺は声を張り上げた。
「見ろ!
土が厚く積まれていて、木の隙間にまでしっかり入り込んでいる。
仕事が丁寧なんだな!」
犬六の顔が、耳まで赤くなった。
「――だけど……ワシは仕事が遅くて……」
「確かに! 両隣の二人と比べると、作業できたエリアは半分以下みたいだ。
皆がこのペースで働くと、補修工事が終わらない。それは、困るな」
周りから失笑が漏れた。
俺は笑顔で指示を出す。
「犬六は、場所を移れ。
砦の真ん中の、一番狙われやすい所の担当だ。
一通りの補修は終わっているから、仕上げだけでいい。時間はかかってもいいから、丁寧にやってくれ。
砦の中で、一番大事な場所だ。ここにいる全員の命がかかっているからな。しっかりやってくれ。
頼りにしているぞ!」
犬六は大きく頷くと、いそいそと、砦の真ん中へと歩いていく。
幾人かが犬六の肩をたたたき、何か声をかけた。
犬六は嬉しそうに答えた。
「平次! 犬六が作業していた場所の補強をやってくれ。
速さならお前が一番だ。ここの作業は遅れている。大急ぎだ!」
「へい!」
離れた場所から明るい声がして、少しづつ場が明るくなっていく。
うんうん。
みんな、良い顔をしてきたぞ。
あと不満そうなのは――。
「小平太! お前は入ってから日が浅いのに、早速、大活躍だな!
この前、北の国境でいざこざがあったとき、敵の兵士を二人蹴散らしたのを見ていたぞ。
次も頼むからな!」
小平太の顔がほころぶ。
俺はささっと野良着に着替えた。
犬六の隣へ土を運ぶ。
「半兵衛。
お前は、前回と前々回は運が悪かったようだが、いつも良い動きをしているのを知っているぞ。俺は密かに『お前はいつかやるやつだ』と思っている。
焦らずともチャンスは必ずやってくるから、しっかり励んでくれ! ちゃんと見ておくからな!」
30分くらいかけて工事の様子を確認したり、一緒に作業したりながら、皆に声をかけていく。
一人一人の顔が明るくなっていくと、俺の気持ちも明るくなる。
不満そうな表情が一つ減るごとに、チームの雰囲気がよくなって、皆がきびきびと動くようになっていく。
最後にもう一度、そこにいる全員の表情を確認して、俺は稲生を離れた。




