〜陽の巻〜
萌が、木の皿に瓜を載せ、楊枝と一緒に俺に手渡してくれた。
俺はそれを持って胡蝶の足元に座る。胡蝶も腰を下ろした。
俺は瓜を一切れ、楊枝に刺して差し出した。
「よく冷えてる。
胡蝶も食べると良い」
「ありがとうございます」
胡蝶はそれを受け取った。彼女が瓜を口に入れたのを見て、俺も一切れつまむ。
兵士たちは、旨そうに瓜を食っている。
「――なあ、胡蝶」
「なんです?」
「胡蝶はここにいる者たちと戦って、勝つ自信はあるか?」
「全員 対 1人では無理です。でも、10人相手くらいなら、逃げ切る自信はあります」
「――胡蝶より力が弱い者は、この中にはいないはずだ。
それでも胡蝶は負けないという。
――弱い者が強い者に勝つ極意を、教えてほしい」
胡蝶は黙って俺を見上げた。
俺は兵士たちを見つめている。
俺たちは全部で700人。
貞じいは、俺のもとから離れて本家に従うと宣言した。
本家と林家を合わせると、人数は俺たちの二倍以上だ。
それでも、俺はどうしても、信澄を人質に出させたくない。
彼らと戦って、勝つ方法が知りたかった。
胡蝶の目がすっと細くなった。
「――真正面から戦っては、必ず負けます」
「……」
「相手の隙を突く必要があります。
しかも、先まわりして準備して、待ち構えておかなければなりません」
「どうやって敵の動きを予想するんだ?」
「予想は外れることがあります。
なので、誘うのです」
「――俺にも分かるように説明してくれ」
「そうですね……」
胡蝶は考える素振りを見せた。
その後、俺の肩に手を添えて立ち上がる。俺の胸元にしなやかな左手が軽く触れた。
「たとえば――」
木々の周りをうろうろと歩き回り、最終的に俺から3メートルほど離れた場所に立った。
「和颯様は今、そこにお座りになっておられます。
ですが、わたくしがこうして懐剣を投げれば――」
胡蝶は黒い懐剣を、ぽいっと近くの地面に置いた。
――ん? あの懐剣は――。
俺は懐を探る。俺の懐剣がなくなっていた。
「おい、それは俺の懐剣じゃ――」
俺はむっとして立ち上がり、懐剣を拾おうと、前方に向かい、足を進めた。
「わっ!」
俺はたちまち地面に張られた細い糸に引っ掛かかった。足元を掬われる。
――くそっ、さっきうろうろと歩き回っていたのは地面に糸を張り巡らせるためか!
俺はバランスを崩し、尻もちをついた。
「――そういう事です」
胡蝶は懐剣を拾い上げ、土を払って俺に返した。
地面すれすれに張り巡らせた糸を、くるくると巻きながら回収する。
「和颯様は、先ほど何をお考えになられましたか?」
「懐に入れておいたはずの懐剣が、盗られていた事に気がついた。だから、取り返しに行こうと思った」
「ええ。
わたくしが和颯様の懐剣を投げ捨てたので、不快に思われましたね。
その時、先ほどまでのわたくしの会話については、忘れていらっしゃったはず。
たので、そのまままっすぐにこちらにいらっしゃいました。
そこを待ち構えて、準備しておけば、勝てる。――ことも、あります。
ごくまれに、ですが」
「ごくまれに、か」
「はい。
わたくしは、兵士10人から逃げ切る自信はありますが、戦って勝てる自信はありません。
力が弱いとは――そういう事です」
「――そう、か……」
短い沈黙。
胡蝶はちらりと俺を見た。
「わたくしで、何かお役に立てることは?
……諜報なら得意ですが」
「いや、敵のことよく知っている。
胡蝶にやってもらいたいことは何もない」
「――そうですか」
火鳥はまっすぐに、俺を見上げた。
胡蝶の声に熱がこもる。
「お役に立てることがありましたら、この胡蝶に、何なりとお申し付け下さいませ。
和颯様のご命令とあらば、どのようなことであれ、必ずや遂行してご覧に入れます。
たとえこの命に代え――」
俺は胡蝶の言葉を遮った。
「いや。俺は胡蝶に、やってもらいたいことはない」
危険な場所には近づくな。
胡蝶にはただ、生きていてほしいんだ。
胡蝶はうつむいた。
「…………そう、ですか……」
小さく呟く。
それきり胡蝶は、顔を上げず、何も言わなかった。




