~陽の巻~ 清州近くの山の中・和颯と兵士達の訓練場所
キリキリと弓を引き絞り、白い的に意識を集中させる。
姿勢を正し、呼吸を整える。割れやすい卵を空に置くようにそっと、右手を離す。
ひょう、と矢が飛び、ばすっ、と音がした。
――やった! 命中だ!
俺は、ぱっと後ろを振り返る。
……胡蝶は全くこちらを見ていなかった。
武器庫の隅から引っ張り出してきた、古い小ぶりの脇差で、一心不乱に素振りをしている。
こめかみから汗が流れ、髪が一筋、頬に張り付いている。
ふん。べつにいいけど。
俺が唇を尖らせると、5メートルほど離れた場所にいた森可成と目が合った。
可成は慌てて目をそらし、明後日の方向を向く。
各自で自主練をしていたはずの皆が突然、さっ、と俺に背を向けた。
えっ……。ちょっ……。
おかしいよね!?
なんで、俺がみんなに気を遣われてるみたいになってるの!?
ふと、胡蝶が動きを止めて額の汗を拭った。
(あ、胡蝶……)
俺が話しかけようとする前に、胡蝶が素っ頓狂な声を上げた。
「萌!?」
「胡蝶姉さま~!」
坂道を、萌が上がってくる。
兵士たちがはっとした表情を浮かべ、あわてた様子で、体についた泥を払ったり自分の着物を整えたりしはじめた。
胡蝶は萌に駆け寄った。
「萌! 萌じゃないの!
こんなところまで、何しに来たの?」
「胡蝶姉さまが、こちらで剣術の稽古をなさると仰ったので、差し入れをお持ちしたのです。
胡蝶姉さま。
本当に、和颯様達とご一緒に、お稽古をなさっていらっしゃるのですね」
胡蝶は言葉を濁した。
「――まあね。
剣術は――。
昔、斎藤家で少し、かじったことがあるから……」
萌は屈託なく答えた。
「そうだったのですね。
萌は、ちっとも存じ上げませんでした」
息を切らせた蔦が追い付いた。手に、餅を入れるような平たい桶を持っている。
胡蝶が、すっと萌から離れ、兵士たちの中に紛れた。
萌は、蔦から桶を受け取った。
顔を上げた萌と、俺の目が合った。
萌は、にっこりと桶を掲げた。
「和颯兄さま、瓜でございます。
是非、お召し上がりくださいませ。
井戸水で冷やして、切っておきました。
皆様に召し上がっていただけるよう、萌は、たくさんたくさん、切ってまいりました」
俺は萌の傍に歩み寄る。萌の差し出す瓜を何切れかまとめてつまんで口に入れた。
「うまい!」
萌はとてもうれしそうに笑った。
「和颯兄さま――。
萌は、武術は嗜んでおりません。
ですが萌も、こうしてたまに、皆様の訓練場へお邪魔してもよろしいでしょうか?
何か差し入れをお持ちいたします」
屋敷に胡蝶がいないので、萌は寂しいのかもしれない。
最近、胡蝶はここで毎日、兵士たちに交じって訓練に励んでいる。
最初、兵士たちの中には、女が訓練に混じることを渋った者もいた。だが、胡蝶の乗馬と剣筋を見たら、全員ぴたりと口をつぐんだ。
「来るのはいいが、毎日は駄目だ。
皆の気が散るからな。
でも、たまにならいい。
皆、喜ぶだろう」
「はいっ!」
萌は、眩しそうに笑った。
俺は声を張り上げた。
「皆! 萌が瓜を持ってきてくれた!
休憩にしよう」
兵士たちがわっと駆け寄り、萌は人垣にのまれた。
「ちょっと! 萌をケガさせたら許さないわよ!」
胡蝶が声を張り上げる。
「不届き者は、今夜、寝首をかきに行くから!」
途端に兵士たちは直立不動になり、ささっと行儀よく整列した。
俺はカラカラと笑った。




