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俺の妻は忍(しのび)ですか?  ―― そして、次に殺される男は俺ですかっ!?  作者: ひの
20、稲生

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~陽の巻~ 清州近くの山の中・和颯と兵士達の訓練場所

 キリキリと弓を引き絞り、白い的に意識を集中させる。

 姿勢を正し、呼吸を整える。割れやすい卵を空に置くようにそっと、右手を離す。

 ひょう、と矢が飛び、ばすっ、と音がした。


 ――やった! 命中だ!

 俺は、ぱっと後ろを振り返る。


 ……胡蝶は全くこちらを見ていなかった。


 武器庫の隅から引っ張り出してきた、古い小ぶりの脇差で、一心不乱に素振りをしている。

 こめかみから汗が流れ、髪が一筋、頬に張り付いている。


 ふん。べつにいいけど。


 俺が唇を尖らせると、5メートルほど離れた場所にいた森可成(よしなり)と目が合った。

 可成は慌てて目をそらし、明後日の方向を向く。

 各自で自主練をしていたはずの皆が突然、さっ、と俺に背を向けた。

 えっ……。ちょっ……。


 おかしいよね!?

 なんで、俺がみんなに気を遣われてるみたいになってるの!?



 ふと、胡蝶が動きを止めて額の汗を拭った。

(あ、胡蝶……)

 俺が話しかけようとする前に、胡蝶が素っ頓狂な声を上げた。


「萌!?」

「胡蝶姉さま~!」


 坂道を、萌が上がってくる。

 兵士たちがはっとした表情を浮かべ、あわてた様子で、体についた泥を払ったり自分の着物を整えたりしはじめた。



 胡蝶は萌に駆け寄った。

「萌! 萌じゃないの!

 こんなところまで、何しに来たの?」


「胡蝶姉さまが、こちらで剣術の稽古をなさると仰ったので、差し入れをお持ちしたのです。

 胡蝶姉さま。

 本当に、和颯様達とご一緒に、お稽古をなさっていらっしゃるのですね」


 胡蝶は言葉を濁した。

「――まあね。

 剣術は――。

 昔、斎藤家で少し、かじったことがあるから……」


 萌は屈託なく答えた。

「そうだったのですね。

 萌は、ちっとも存じ上げませんでした」


 息を切らせた蔦が追い付いた。手に、餅を入れるような平たい桶(おけ)を持っている。

 胡蝶が、すっと萌から離れ、兵士たちの中に紛れた。


 萌は、蔦から桶を受け取った。

 顔を上げた萌と、俺の目が合った。


 萌は、にっこりと桶を掲げた。

「和颯兄さま、瓜でございます。

 是非、お召し上がりくださいませ。

 井戸水で冷やして、切っておきました。

 皆様に召し上がっていただけるよう、萌は、たくさんたくさん、切ってまいりました」


 俺は萌の傍に歩み寄る。萌の差し出す瓜を何切れかまとめてつまんで口に入れた。

「うまい!」


 萌はとてもうれしそうに笑った。

「和颯兄さま――。

 萌は、武術は嗜んでおりません。

 ですが萌も、こうしてたまに、皆様の訓練場へお邪魔してもよろしいでしょうか?

 何か差し入れをお持ちいたします」



 屋敷に胡蝶がいないので、萌は寂しいのかもしれない。



 最近、胡蝶はここで毎日、兵士たちに交じって訓練に励んでいる。

 最初、兵士たちの中には、女が訓練に混じることを渋った者もいた。だが、胡蝶の乗馬と剣筋を見たら、全員ぴたりと口をつぐんだ。



「来るのはいいが、毎日は駄目だ。

 皆の気が散るからな。

 でも、たまにならいい。

 皆、喜ぶだろう」


「はいっ!」

 萌は、眩しそうに笑った。


 俺は声を張り上げた。

「皆! 萌が瓜を持ってきてくれた!

 休憩にしよう」


 兵士たちがわっと駆け寄り、萌は人垣にのまれた。


「ちょっと! 萌をケガさせたら許さないわよ!」

 胡蝶が声を張り上げる。


「不届き者は、今夜、寝首をかきに行くから!」

 途端に兵士たちは直立不動になり、ささっと行儀よく整列した。

 俺はカラカラと笑った。


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