1、婚姻 ~陽の巻~
あれよあれよという間に一年が過ぎ、俺は14歳になった。
縁談は、サクッとまとまり、今日は祝言だ。
俺は、自分の住む屋敷の外に、もう一軒、家を建てておいた。
「火鳥姫のために、専用の家を建ててプレゼント」と言ったら聞こえはいい。
だが実際は、別居大作戦だ。
住む場所が離れていれば、暗殺も難しくなるはずだ。
これで俺の生存率は高まった。
賢いぞ。俺。
祝言は、織口家の本家で行うことになっている。
その日、本家にやってきた籠から降りたのは、とんでもなく小柄で色黒の、ひどくやせこけた姫君だった。
顔は地味で、能面かと思うほどに表情がない。
正直に言うと、ちょっと期待していた俺は、がっかりした。
各務野という名の侍女が、常に火鳥姫の側にいて、影のように寄り添っている。
ちなみに、火鳥姫の前夫連続不審死事件について知っているのは、父上と俺、政じいと、貞じいの4人だけだ。
(政じいと貞じいは、父が俺につけてくれた家臣だ。
二人とも、頼りになる。
というか、俺の家臣は、この二人以外、全員頼りにならない……)
いわくつきの縁談すら断れないほど、織口家の力が弱まっていることが知られたら、父に服従している家臣や同盟相手たちが、敵に寝返る可能性がある。それは避けたい。
だから、この件は口外禁止だ。
本当なら、信勝にだけは伝えておきたいところだが、あいつは妙な正義感が強い上、すぐ顔に出るから、伏せておくことになった。
「兄上をそのような目にあわせるわけにはまいりません。次の織口家を継ぐ身として、わたくしが結婚します」とか言いだしたら面倒だ。
信勝は、織口家の次期当主。
信勝に死なれると、困る。
というわけで、俺はわりと、孤立無援だ。
祝言の席で火鳥姫が身にまとったのは、艶やかな紅蓮の打掛だった。
羽を広げて今にも飛び立とうとする朱雀の刺繍が施されている。
火鳥姫は、着物の色だけでなく、化粧も直してきたらしく、籠から降りたときとは、雰囲気ががらりと変わっていた。
――あれが、こうなるのか!!
化粧なのか!?
着物と化粧の力なのか!?
すげぇ技術だ。
女って、怖えぇ……。
信勝が吸い寄せられるように火鳥姫を見て、ごくりと唾をのむのが見えた。
おい! 弟よ!
しっかりせぇよ!
騙されるな!!
この女はコワいんだよ!!!
だが、俺が信勝にそれを伝える術はない。
俺は強く強く、肝に銘じた。
この先! 一生! たとえ何があろうとも!
俺は! 絶対に!!
女の外見には惑わされねぇ!!!!
祝言が終わった。
各務野が火鳥姫の手を取り、彼女を立たせた。
「じゃあ、帰るぞ」
俺が言うと、火鳥姫が「え?」という顔で俺を見た。
「帰る。ここは、俺の家じゃない」
「どういう事ですか?」
声を出したのは、各務野だった。
「俺の家は、ここから少し離れた村の中にある――まあ、分家だ」
各務野の顔がみるみる強張っていく。
「お約束が違います! 火鳥様は織口家嫡男に嫁ぐお約束だったはず!」
「嫡男は、俺だ。だが、俺の家はここではない」
あらかじめ父とすり合わせておいた説明を口にする。
「詭弁です!」
各務野は俺に食って掛かった。
――その通り。詭弁だ。
「和颯様が跡取りだと思い、はるばる美濃から参りましたのに!」
「そう思ったのなら、悪かった。そちらの勘違いだ」
「ふざけたことを! この婚姻は破棄させていただきます」
各務野の顔は真っ赤だ。
各務野が火鳥姫を振り返った。
「火鳥様、今すぐ美濃に帰りましょう!」
火鳥姫は、さきほどから表情一つ変えていない。
氷姫か。
「いいえ」
静かな声が答えた。
氷姫は、俺を見た。
怒りも、悲しみも、憎しみも、ない。
一切の感情を感じさせない瞳だった。
「理はそちらにあります。
約束は『嫡男に嫁ぐこと』であり『本家に嫁ぐこと』ではありませんでした」
氷姫は目を伏せた。
「――参ります。お連れ下さいませ」
俺の胸がチクリと痛んだ。




