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オズの十戒  作者: きのみや
真島文美編
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48 今日からオマエは


「これは──α(アルファ)β(ベータ)のしわざか。……はっ、最後まで欠陥品のままだったようだな」


 足音も立てずに近づいてきたドロシーが、嘲笑まじりの静かな声で(めぐる)に言った。


 冷たい床に座り込む廻を取り囲むようにして存在するのは、死体だった。


 何十人もの子供たちの死体。

 この施設で暮らしていた、ドロシーを生みの親とする魔法で造られた人間(ホムンクルス)たち。


 その中心──廻の目の前に並んで横たわるのは、瑠璃色の髪の少年と少女だ。


 オズの十戒第十条、“死者を蘇らせてはいけない”に反して蘇生魔法を発動し、一度死んだ廻を生き返らせたのは他でもない、彼らだった。


「職員を含めた全員が生贄になったか。──少し惜しいが、どうせもうここは解体するしかない。なにせ私の力が奪われてしまったんだからな」


 その言葉に反応した廻がおもむろに顔を上げると、苛立たしげな様子を見せる赤毛の女性が離れたところで腕を組んで立っていた。


 実体ではないとすぐにわかった。

 霊体。ドロシーの形をした魔力の塊とでも言えばいいのか。


「……ドロシー。あなたは生きて……」

「死んでるさ。()()()()()()()()()()()。本当の意味で生き残っているのはオマエだけだよ、廻」


 今更だろうという廻の質問にもドロシーはふつうに答え、ふう、と小さなため息を吐いてやれやれと肩をすくめる。


 いつものような食えない態度を見せている彼女だが、その憤りが尋常なものではないことは廻にも予想ができた。


「あなたは不老不死なんじゃ……」

「あの侵入者にその魔法を解かれたんだ、半分だけな」

「半分……?」

「私が奪われたのは肉体の不死性だ。魂の方がかろうじて無事だったおかげで、こうして霊体として動くことはできているが」


 相手の魔法を解除するには、相手以上の魔力とその操作能力を有していなければならない。


 ドロシーを狙ったあの人物は相当な実力者だったというわけだ。そうでなければ、二百年以上の時を生きる原初の魔女をここまで追い詰めることはできなかっただろう。


「そう簡単には肉体を取り戻せないようご丁寧に呪いまでかけられた。これで私はしばらく満足に動けない。少なくともヤツを追うことはできないだろうな」

「……」

「ま、どちらしろ異端者の処理は私の犬(トト)の役目になるわけだが。──久々だよ、戒律一の違反者が現れるのは」


 ふん、と鼻を鳴らしたドロシーが悔しそうに吐き捨てる。


 正直どうでもいい、と廻は思った。


 彼女の言葉は頭に入ってきているし、理解もできる。だが、いまの廻にはまるで意味のない文字の羅列そのものだった。遠い世界のラジオの声を聞いているかのようだ。


 自分には関係ない。どうでもいい。もう何も考えたくない。


 肉体を奪われたドロシーには悪いが、彼女のことだ。どうせ自分でどうにかするのだろう。


 けれど、自分は。自分はいったいどうすればいい。


 果てのない絶望ばかりが廻を襲う。


 イザヤとアマネが死んだ。

 彼らの魔法に巻き込まれた子供たちが、職員たちが、犠牲になった。


 ぜんぶ、ぜんぶ自分のせいだ。


 いまこの瞬間も厚かましく動き続ける心臓が廻の罪の証だった。


 いらない。いらない。こんな鼓動は早くとまってしまえばいい。

 

 ──ああ、でも。


 それを願うことは、自分のために犠牲になった、彼らの命を否定することになってしまう。


 どうすればいい? わからない。


 わからないから、はやく殺してほしいと思った。ドロシーならばそれができると。


 彼女にとって廻は仇のようなものだ。

 廻の中には彼女が生んだ魔法で造られた人間(ホムンクルス)たちの命がある。彼女が選んだ協力者である職員たちの命も。


 だから、だからどうか。


「──と、いうわけでだ。あの異端者はオマエが殺せ、廻」


 は、と思わず声が出た。

 ドロシーの顔を見る。彼女はいったい何を言ったのかと耳を疑った。


 信じられない。ドロシーは、いまなにを。


「オマエは一瞬ヤツの姿を見ただろう? 他のトトに頼んでもいいが、どうせなら現場に居合わせた当事者が対応した方が話が早い」

「……!」

「いまちょうどトトに欠員が出ていてな。この前一人勧誘したんだが、残念なことに断られてしまった。──だが、オマエが代わりになってくれるなら問題はない」


 むしろこれ以上の適任はいないだろう? とほくそ笑むドロシーを、廻はただ呆然と見上げることしかできなかった。


 まって、待って。何を言ってるの。


 そんなの、それじゃあまるで。


「オマエを異端審問官(インクイジター)に指名する、と言っているんだよ」


 動揺する廻の心を見透かしたようにドロシーが言う。


「あの異端者はオマエにとっても仇みたいなものだろう。αとβが死んだのは、ヤツがオマエを殺したせいなんだから」

「……!」


 それはちがう、と廻は思った。


 イザヤとアマネの仇は自分だ。ここにいる子供たちの命を奪った。殺した。


 本当に裁かれるべき罪人は、他でもない。小津佐廻という、五年前に輪廻とともに死んでおくべきだったひとりの魔法で造られた人間(ホムンクルス)なのだ。


「履き違えるなよ。罪を犯したのはオマエを生み出した輪廻で、オマエを生き返らせたαとβだ。オマエじゃない」


 酷く静かで冷たい声だった。

 自分を責めることで楽になるのは許さない、というような、そんな声。


 人形のように床に倒れるイザヤとアマネの死体が目に入る。


 彼らと、彼らとともに犠牲になった何人もの子供たちの幻影がまっすぐに自分を見つめているような気がして、廻は強く目をつむった。


 胃の底から込み上げるような吐き気に耐える。


 やめて、やめて。どうして僕を生かしたの。死んでしまったの。


 そんな思いを直接ぶつけるべき相手は、いまはもうここにはいない。


「あの異端者はユダと名乗っていた。──裏切り者か。安直すぎていっそのこと感心するよ」


 ふ、と先程とは打って変わった愉しげな声をこぼすドロシーに、廻は何も言えなかった。


 廻が異端審問官(インクイジター)になる。


 それは彼女の中で既に決定事項なのだ。


 ならば逆らうことはできない。ドロシーの命令は絶対だから。神様だから。


 自ら死を以て贖うことはできるだろう。


 けれど、だめだ。わかっている。廻がその選択をすることは──



 ──僕らの未来は、廻なしには成り立たないんだ



 彼らの命を、二度奪うことになってしまう。


「今日からオマエはトトだ。肉体(からだ)を失くした私の代わりに──文字どおり私の手足となって、必ずユダをさがし出せ」


 そうしてあの日、廻は異端審問官(インクイジター)になった。


 原初の魔女ドロシーを呪い、自分を殺したユダという異端者を捕らえるために。


 ──あれから四年。廻はいまも夢をみる。


 果てのない暗闇の中で、自分を生かした少年と少女と相対する夢を。



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