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オズの十戒  作者: きのみや
真島文美編
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47 たくさんいるじゃないか


 ──気がつくと、(めぐる)は暗闇の中にいた。


 蓋を閉めて地中に埋めた壺の中のような。

 街の灯りも、星の光もない夜空のような。

 真っ黒な絵の具を塗り込めた平面のような、果てのない闇の中だった。


 片足を前に出す。地面なのか、床なのかもわからない場所をゆっくりと歩いてみる。


 道はない。行く先があるわけでもない。


 それでも廻はただ歩いた。そうすることでいつかこの意識を手放すことができるかもしれないと思ったから。

 

 真っ暗だ。真っ暗なのに、自分の姿だけはなぜかはっきりと見えている。闇と己の境目が明瞭にある。不思議な気分だった。


 自分は死んだのだ、と廻は思った。


 天国か、地獄か。それ以外の場所なのかは知らないが、ここが死後の世界であることはまちがいなかった。


 この暗闇で目を覚ます直前、廻は心臓を貫かれたのだ。


 これまで生きてきた中で一度も感じたことがないほどの強い衝撃が身体を襲い、目の前が真っ白になった。

 痛みも覚える間もない。一瞬のできごとだった。


 ──これでいい。


 ここはどこなのか。最後に見たあの人物はだれだったのか。ドロシーはどうなったのか。なにひとつわからない。


 わからないが、これでいい。


 輪廻に生み出されてから十二年。

 彼女を失い、イザヤ、アマネと出会って五年。


 自分はもう十分に生きた。


 たった十二歳で、と言われてしまえばそれまでかもしれないが、最初からこの世に存在すること自体が稀な魔法で造られた人間(ホムンクルス)として生まれたにしては、よくもった方だろう。


 そのとき廻は死を正しく受け入れていた。


 輪廻が殺され、次こそは自分の番だと覚悟したあの日のように。

 晴天の下でアマネに押し倒され、きらめくナイフを向けられたあのときのように。


 だから信じられなかった。


 どこまでも続く闇の中──行くあてもなくただ足を動かしていた廻の前に、彼らが現れたことが。


「どうして──」


 悪戯っ子のような笑みを浮かべた可憐な少女と、その少女に負けず劣らず整った顔をやわらかに綻ばせた少年が、廻の視線の先にいた。


 瑠璃色の髪と緋い瞳。出会った頃より伸びた身長。


 魔女ドロシーによって生み出された魔法で造られた人間(ホムンクルス)、イザヤとアマネだった。


「どうして、二人がここに」


 幻だろうか。いや、ちがう。廻にはわかる。

 彼らは本物で、ここにはいなくて、それでもたしかにここにいる。


 その事実が意味することを考えたくない。


 だって、自分は死んだのだ。


 何者かによって殺された。魔法で心臓を貫かれて即死だったはずだ。

 

 犯人の狙いは、おそらくドロシーだったのだろう。


 その日、彼女は約一年ぶりに研究所に帰ってきていた。

 いつもの気まぐれではない。新たな魔法で造られた人間(ホムンクルス)の創造方法を思いついたという、残酷な理由による帰還だった。


 オマエも手伝え、と上機嫌な様子のドロシーに廻が呼び出されたとき、侵入者の来訪を告げる警報が施設中に響き渡った。


 前代未聞の異常事態だった。


 世の中にはアンチ魔法派というものが存在しており、魔法に関する研究施設や、魔女の家がその者たちによって襲撃されたという事例も少なくはない。


 だが、ここはドロシーの魔法で造られた人間(ホムンクルス)研究所だ。


 表向きにはふつうの魔法研究機関を名乗っているが、ドロシーの魔法によって守護されたこの場所においそれと侵入できる者など、この世に存在するはずがない。


 その新鮮さに悦びを覚えたのだろうか。ほう、とどこか愉快そうな笑みを浮かべて、ドロシーは姿を消した。

 自分の縄張りに侵入した愚かな異端者の顔を拝みにいく、と言い残して。


 施設にいた魔法で造られた人間(ホムンクルス)たちは、廻を含めて全員が一つ所に避難させられた。


 命令に従い集まった多くの子供たちがひしめき合う避難場所で、廻はイザヤとアマネをさがした。


 二人の姿はどこにもなく、心配になった廻は、ドロシーが現れるまで三人でいた図書室に戻ってみることにしたのだ。


 その途中で、廻はドロシーと侵入者の戦闘を見た。


 正確には、彼女たちの戦闘が終わったあとの様子を目撃した。


 大規模な魔法の実験などを行う際に使用する、施設の中でいちばん大きな部屋だった。

 

 天井が高く、壁一面が高密度の魔法石でできたその空間の中央に、一本の巨大な樹が生えていた。


 本物だったのかはわからない。

 その樹は白く全体が輝いていて、樹というよりは、樹のかたちをした光そのものと表現した方が正しいような代物だった。


 ドロシーは、その樹によって全身を串刺しにされていた。


 無造作に分かれた幾本もの鋭い枝が、彼女の胸、腹、肩、両足や両腕を貫いていたのだ。


 あまりに無残なその光景に、廻は動揺した。ありえないと思った。


 ドロシーが負けるはずはない。


 彼女はこの世に魔法をもたらした原初の魔女で、世界中にいるどの魔法使いよりも強く、優秀だ。


 なによりドロシーは、()()()()であるはずなのに。


 まだ生きているのだろうか。


 そう考えた廻がおそるおそる光の樹に近づいたとき、その幹の反対側に、ドロシー以外の人間がいることに気がついた。


 黒いローブを羽織り、その頭巾(フード)を頭まで被っている相手の顔はわからなかった。


 だが、それが今回の侵入者であり、ドロシーを圧倒した樹の魔法の使い手であることはすぐにわかった。


 位置からして、廻の姿は相手には見えていない。


 逃げるべきか、戦うべきか。

 正しい判断などできるはずがなかった。


 思考して行動に移す前に、背後から伸びてきた光の枝が、廻の心臓を突き刺したのだから。


 ──そして、気づけばこの闇の中にいた。


 だから死んだのだと思ったのだ。


 なのにどうして。


 なぜ、まだ彼らが──イザヤとアマネが、自分の目の前にいるのだろう。


「どうしてって、そんなのきまってるじゃない」


 廻の心を読んだように、細い身体を無邪気に跳ねさせアマネが言った。

 さらりとした瑠璃色の髪が揺れ、緋色の目がきらきらと瞬いた。


「あなたが私たちの(いのち)だからよ」

 

 彼女の頭に飾られたウサギのピン留めが、にやりと廻を嘲笑う気配がした。


 少女にしては珍しい──心の底からわき出たようなまるで演技らしさのない笑顔に、廻の背筋はぞくりと震える。


「あの警報が鳴ったあと、避難させられた子供たちの中に君がいないことに気がついてね。すぐに二人でさがしにいったんだ。すると君とドロシーがあの部屋で血まみれの状態で倒れていた。侵入者の姿はどこにもなかった」

「……!」

「廻。君は一度死んだんだよ」


 殺されたんだ、と薄い笑みを浮かべるイザヤに見つめられ、廻は静かに息をのんだ。


 あのとき自分は二人の姿がどこにも見当たらないことにあせっていたが、単に行き違っていただけで、彼らも同様に廻のことをさがしていたのだ。


「僕とアマネはあの場から君の死体だけを運び出した。ボロボロのドロシーを放っておくかたちにはなっちゃったけど」


 まあ彼女なら死んでも自分でなんとかするでしょ、と。何食わぬ顔でイザヤは言う。


「それでね、いろいろ考えたんだ。前に廻が言ったように、僕らは想像した。このあと自分たちはどうなるのか。君がいなくなった世界で、これからどんなふうに生きていくのか」

「イザヤ……」

「だけど無理だった。怒るとか悲しむとか、何も感じないとかじゃない。できなかったんだよ。()()()()()()自体、僕らにはできなかったんだ」


 つまりね、と。


 宝石にも似た緋い瞳をゆったり細めて、イザヤは笑った。


「僕らの未来は、廻なしには成り立たないんだ」


 あまりに優しい顔でイザヤが言うので、廻は大きく目を見開いた。


 まさか彼らは自分の後を追ったのだろうか。


 最悪の結論に思い至り、思わず息がとまる廻だったが、次にアマネが放った一言は、そんな思考をより深い絶望へと叩き落とすものだった。


「だから私たち、廻を生き返らせることにしたの」


 え、と掠れた声が口からこぼれた。


 屈託のない、満面の笑みを自分に向けるアマネを凝視する。


 冗談を言っているわけではなさそうだった。

 この数年で何度も目にした、それでもいま初めて見る、明るく無邪気な少女の笑みがそこにあった。


「そう決めたらね、ここのあたりがぎゅーっとしめつけられるような感覚がしたの。十二年生きてきてこんなの初めて。本能が満たされるってこういうことなんだなって思ったわ。──ねえわかる? 私はずっと、廻の一部になりたかったのよ」

「アマネ、君はなにを」


 自分の胸を両手で押さえ、恍惚とした表情を浮かべて語るアマネに廻は狼狽した。


 彼女に殺されかけたときですら抱かなかった恐怖を、廻はそのときたしかに覚えた。


「僕を生き返らせるって……蘇生魔法を使うってこと? そんなの無理だよ。だってその魔法には、生贄が──」

「何言ってるの」


 声を震わせて訴える廻の言葉を、イザヤが遮った。


「生贄なら、たくさんいるじゃないか」


 ひゅ、と喉が鳴る。


 その瞬間、廻の周囲に子供たちの幻影が出現した。


 白い検査服に身を包んだ、年齢も性別もばらばらの何人もの子供たちだった。


 能面のような無表情に、生気のない目。イザヤたちを含め、全部で六十人近くはいた。全員知っている顔だった。


 廻と同じ、この施設で暮らす魔法で造られた人間(ホムンクルス)たちだ。


「だ……だめだ!」


 身を乗り出してイザヤに近づき、その胸元に縋り付くようにして、廻は彼に懇願した。


「僕はっ……だれかを犠牲にしてまで生き返りたいなんて思わない! そんなことをしたら魔法を使った君たちだって死んじゃうかもしれないし、仮に無事だったとしても、異端者になってどうせ殺される……!」

「……廻」

「もういいんだ、僕はもういい。だから、だからどうか……!」

「廻、ごめんね」


 幼い子供に言い聞かせるような優しい声が頭上で響いた。

 廻ははっと顔を上げ、依然としてやわらかな光を宿したイザヤの瞳を、下からじっと覗き込む。


「いやとかだめとかじゃないんだ。──もう、終わってるんだよ」

 

 慈愛に満ちた穏やかな笑み。昔と変わらず中性的な美しい顔。


 その形の整った唇から紡がれる、残酷な真実。


「ここは廻の死後の世界じゃない。僕らの死後の世界だ。──正しくは、君と僕らの心象世界。意識の共有地点とでも言えばいいかな」


 ドクン、と廻の胸が激しく鳴った。


 もう二度と聞くことはないと思っていた命の鼓動。あの光の樹に貫かれたはずの、ただひとつの心臓が。


「ごめんね廻。でも許してほしい。──僕らは、君のために罪を犯したんだよ」


 ──この心臓が最初から存在しなければ。


 彼らが罪を犯すことはなかったかもしれない、と廻は思った。

 

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