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オズの十戒  作者: きのみや
真島文美編
42/48

41 単純な魔力勝負なら


「──テメェがしてんのはオズの十戒、ドロシーへの叛逆だ! そんなやつがトトを名乗んじゃねえ……!」


 ハンスの猛攻は尚も続いていた。


 鋭い音を立てながら次から次へと飛んでくる鎖の雨に、(めぐる)は歯を食いしばってひたすら防御壁(バリア)で対応する。


「それともやっぱりテメェ自身が“蛇”でしたってかぁ!?」

「ちがいます! 僕はただ……!」


 防ぎ続けることは可能だが、このままでは埒が明かない。


「先輩すみません、失礼します……!」

「へ、えっ!?」


 一時的に杖を消し、背後に座っていた真島の肩に後ろから腕を回して自分の方に引き寄せる。


 そのままひょいと相手の身体を両腕で抱き上げ、廻は跳んだ。


 同じタイミングで防御壁(バリア)を突き破った鎖が地面を抉り、直前までその場所にいた廻は、間一髪だったと内心で冷や汗をかく。


 腕の中の真島は、何が起きているのかわからないといった様子で固まっていたが、女性の身体に無遠慮に触れたことへの謝罪はまたあとだ。


 たんと地面を蹴り上げて後方に跳び、次いで飛んできた正面からの鎖をかわす。


 円を描くようにして左右から襲い来る数本の鎖には防御壁(バリア)で対応。


 その直後、紺色のローブを大きくなびかせて前に出た廻は、地面に突き刺さる銀色の鎖を勢いよく踏みつけ、真島を抱えたまま空高く跳び上がった。


 容赦のない追撃を空中で避ける。


 軌道が逸れた鎖を足場にして跳躍することで、次の鎖の攻撃をかわした。


 そうして回避を続けること十数秒。地面からかなり離れた高い位置まで移動した廻は、真島を抱く両腕にぐっと力を入れ──


 窓ガラスを突き破り、背中から近くの校舎に飛び込んだ。


「ごめんなさい、あとで直しますので……!」


 廻が着地したのは三階の廊下、教室の隣にある階段の前だった。


 大量に散らばるガラスの破片に注意しながら真島を降ろし、呆然とする相手の顔を廻は見つめる。


「真島先輩。いまからあなたを安全な場所……オズ魔法協会の日本支部に転送します」

「!」

「そこで“蛇”について知っていることを話してください。……その魔道具のことも」


 先程からずっと真島の手の中にある、果実のような形をした透明な水晶に視線を落として廻は言った。


 歪な魔力を放つその水晶は、彼女が“蛇”から渡されたものだという。


 魔法使いのみならず、真島のような魔力を持たない人間にまでその魔の手を伸ばしてきた“蛇”。


 その手がかりを得るため──真島を守るため、いますぐにでも彼女を協会に連れて行かなければと廻は思う。


「転送魔法の完了には数秒の時間を要します。あの人の妨害を受けながら発動するのは少しだけ難しい。……なので、校舎のどこかに一旦身を隠しましょう」


 相手は異端審問官(インクイジター)。魔力感知にも長けているはずなので、隠れたところですぐに見つかってしまうことはまちがいない。


 だが、転送魔法を落ち着いて発動するだけの時間は稼げる。


 ──と考えていた廻の背後で、ガシャンと激しい音を立てて窓ガラスが砕け散った。


 廊下の真ん中で向かい合う廻と真島の横を、目にもとまらぬ速さで通り抜けた長い影。


 ハンスの鎖だった。


 その鋭利な先端が四階へと続く階段の中央部分に突き刺さり、衝撃で生まれた瓦礫が、二階側の階段にぱらぱらと落ちる音が聞こえてくる。


 恐怖で顔を引き攣らせた真島を自身の背中に隠すようにして振り返り、廻は窓の外を見た。


 そこには宙に浮かぶハンスの姿があった。


 浮遊魔法を使っているのだ。


 位置としては校舎の四階部分の正面。三階にいる廻たちをちょうど見下ろすようなかたちになっている。


 白い長杖を片手に持ち、白いローブをばさばさと風に揺らしながら、どんよりとした灰色の空を背景にして彼は廻を睨みつけていた。


「なめやがって。逃すわけねぇだろ」

「待ってください! 先輩は──」

「オレは異端者を信じない。テメェの目的のために平気で他人を犠牲にするような殺人鬼なら特にだ」


 冷たい光を宿した灰色の瞳が廻をとらえる。心の底から相手を軽蔑するような視線だった。


「殺人鬼……?」


 廻の後ろで思わずといったように真島が呟く。

 その呆気に取られたような声を聞いて廻は思った。


 ああ、そうか。やはり知らなかったのか。


「……先輩、落ち着いて聞いてください」


 ハンスへの警戒を緩めないまま、廻は背後の真島に向けて言い聞かせるような声を発した。


「オズの十戒だけじゃありません。魔法で人を生き返らせてはいけない大きな理由は他にもあります。蘇りの魔法には──」


 身体の内側から沸き上がる激しい感情を抑え込み、努めて冷静に廻は続けた。


「生贄が必要なんです」


 ひゅ、と真島が息を詰めるような気配がした。


「何人必要かはわからない。一人かもしれないし十人、百人……千人かもしれない。その魔法を使った本人が生贄の一人になる場合もあれば、そうじゃない場合もある。規則性はありません。ただ、一人の人間を蘇らせるために一人以上の人間の命を犠牲にすることはたしかだ」


 使用者の実力、生き返らせる人間の性別や年齢、体型、立場などが関係するのか。遺体の有無や状態に条件はあるのか。詳しいことは何ひとつわかっていない。


 わかっているのは、それが人の命を消費することで成り立つ禁忌の魔法であることだけ。


「蘇生魔法の発動には結界を張るための広い空間が必要だから、学校の敷地を使えばいい」

「!」

「校内にいる人間は一時的に眠らせておいて、あとから催眠をかけて誤魔化せば問題ない──先輩は、“蛇”にそう言われたんじゃないですか」


 図星なのだろう。

 言葉を失い、青褪めた顔で固まる真島の様子を横目で見て、廻は静かに睫毛を伏せる。


「それは先輩に戒律違反を起こさせるための“蛇”の嘘です。結界の中にいる人たちは生贄の候補。何人が犠牲になるかはわからないけど、優香さんや……先輩自身が命を落とす可能性も高い」

「……」

「魔法は万能、でも人は万能じゃない。代償を必要とすることでしか使えない魔法を、人は使っちゃいけないんです。だから──」

「ごちゃごちゃうるせぇな」


 ハンスが発した鋭い声に言葉を遮られ、廻ははっと窓の外の彼を見上げる。

 その背後には大小さまざまな複数の魔法陣が浮かんでいた。


 それらの中心からわずかに突き出る銀色の刃。鎖の先端だ。


 魔力の濃度が先程より格段に高い。


 ハンスが杖をひと振りした瞬間、威力の増した鎖の攻撃があのすべての魔法陣から一度に撃ち出されるのだろう。

 彼は本気で廻たちを殺すつもりなのだ。


「その女は全部わかった上で蘇生魔法に手ェ出そうとしたんだろうが。いまさら諭したって無駄なんだよ。二度と変な気起こさねぇようにさっさと処刑(ころ)してやった方が本人のためだ」

「先輩は知らなかっただけです! だれかの命を奪ってまで自分の望みを叶えるようなこと、先輩はしない……!」

「はっ、どうだかな」


 そいつのいまの顔を見てもそんなこと言えんのか、と。


 嘲るように口角を上げた相手の言葉に廻が目をみはったとき、片手に持った白い杖を前に傾け、ハンスは深く息をこぼした。


「──死ね」


 話は終わりだ、と裁きを下す審判のように激しく杖をなぎ払うハンス。


 次の瞬間、彼が背負ういくつもの魔法陣から一斉に刃の鎖が射出された。


 再び出現させた自分の杖を盾にするように両手で持ち、前方から飛んでくる幾本もの鎖に対応しようとする廻だったが、本気を出した相手の猛攻はそれだけでは終わらなかった。


 じゃら、と遠くの方から聞こえた金属音。

 

 ハンスの周辺から発射された前方の鎖とはまた違う鎖の気配に、廻が身構えたのは正しかった。


 廻たちがいる廊下、その左右の突き当たりと、背後にある階段の下から、それぞれ別の鎖が現れたのだ。


 挟み撃ちにするつもりなのだろう。


 鞭のように柔軟にしなる鎖の形状を利用し、他の窓を経由して全方向から廻と真島を狙ってきた。


 前後、左右から風を切るような勢いで飛んでくる断罪の鎖。


 その鋭い先端が廻たちを一度に貫くかと思われた、刹那。


 ──ぴたり、と。


 すべての鎖の動きがとまった。


「!?」


 ハンスがぎょっとしたように目を見開く。


 彼が撃ち出したいくつもの鎖が、その切っ先が廻たちに当たるすんでのところで、まるで時がとまったかのように動かなくなっていたからだ。


 じゃらじゃらとした金属の音はやみ、聞こえるのは廻と真島の衣擦れの音と、宙に浮かぶハンスのローブがはためく音だけ。


「テメェ……何しやがった」


 動揺を隠すことなく尋ねてくるハンスを、鎖の間から廻は見上げた。


「操作魔法です。あなたの鎖の操作権を一時的に奪わせてもらいました」

「……はあ!?」


 廻が素直に答えると、ハンスはいっそう度肝を抜かれたように叫んで身を前に乗り出した。


「何言ってやがる……! 人の魔法を乗っ取るってのはそう簡単なことじゃねぇ! 自分の魔力が相手の魔力より上回ってることに加えて、流動する魔力のかたちの把握と、繊細な書き換え作業が必要なはずだ。そしてそのためには、その魔法の仕組みを相手と同じくらい、もしくはそれ以上に理解してねぇと──」


 そこでハンスがはっとしたように言葉を切る。

 どうやら自分で言っていて気づいたようだ。


 廻が()()()()()()()()使()()、ということに。


「……クソ! ってことは単純な魔力勝負じゃねぇか! まさかこのオレがテメェみたいなガキに魔力量で劣るなんて──」

「単純な魔力勝負なら」


 空中で地団太を踏むような仕草をするハンスを見つめ、両手で杖を握りしめて廻は言った。


「──僕が負けることはありません」


 その言葉を合図として、廻たちのまわりで静止していたすべての鎖が一斉に動き出した。


 鋭い刃が輝くそれらの先端が向かうのはハンスだ。本来のターゲットである廻たちではない。


 逆走している、とハンスはすぐに気がついたことだろう。


「……!」


 逆再生をした動画のような動きで戻っていくハンスの魔法が、本当の主人である彼の身体を傷つけることはなかった。


 廻がその鎖を操作して行ったのは、攻撃ではなく拘束だったからだ。


 四方から伸びた幾本もの鎖が、ハンスの全身を空中でぐるぐる巻きに縛り上げていた。


 自分はあなたと戦いたいわけではない。だから少しだけ自由を奪うことを許してほしい、と廻は言った。


「……馬鹿に、しやがって……!」

「まさか。馬鹿になんてできるはずない。あなたの魔法は動きが派手でありながらも繊細で、威力もすごかった。だから少し時間がかかってしまいました」


 干渉し切るのに、と廻が言うと、ハンスはぐっと悔しそうに顔を歪めた。


「……っ、この……!」

 

 歯を食いしばり、自分を捕らえる鎖から逃れようと激しく身を捩るハンス。


 そんな彼から視線を落とし、廻はふうと息を吐いた。


 想定よりも乱暴な方法になってしまったが、これで真島を安全に協会に転送する時間ができた。


 今後のことを考えると暗い気分になるのは否めないが、真島がハンスに殺されることを防げるならば、いまはただそれだけでいい。


「先輩、いま──」


 杖を下ろし、自身の後ろにいる真島に声をかけようとした廻だったが。


「……真島先輩……?」


 大きく目を見開く。予想すらしていなかった状況に息がとまった。


 廻が振り返った先──大量のガラスの破片が散らばる廊下に、真島の姿はどこにもなかった。



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