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Ep.3-3

シャールは、椅子に掛けてあった外套を引っ掴むと、ふわりとそれを身に纏い、編み上げのブーツに足を突っ込み素早く紐を結ぶ。そして、枕もとに立ててあったアメルタートを、少しためらいながらも手に取って、部屋を飛び出す。

硬く冷たい音を響かせながら、シャールは螺旋の石階段を駆け降りる。そして考える。

館は堀で囲まれていて、入り口は正面の跳ね橋だけだ。夜だから跳ね橋は上がっているはずだが、相手はあれだけの軍備を整えた軍団だ。単なる跳ね橋を落とすのなど造作もないし、その先の鉄扉も破城槌があれば破られてしまうだろう。そうなれば――

急がなければ戦闘が始まってしまう——


シャールは東の塔の階段を駆け降りると、少し迷ってから三階の廊下を駆けだした。目指すのは食堂室だ。食堂室は正面入り口を見下ろすテラスに繋がっている。そこからなら、兵士たちに呼びかけられるかもしれない——そんな算段だった。

食堂室に入ると、まるで部屋が燃えているかのような錯覚を覚えた。部屋の南側が全面ガラス張りになった食堂室の窓からは、外の松明や篝火の光がもろに差し込んでくる。その刺し貫くような痛みすら覚える光に、一瞬ふらつきながらもシャールはテラスに向かって走る。

テラスに出ると、まずシャールを襲ったのは異様な熱気だった。火の熱、ひしめき合う兵士たちの体温、いななく騎馬たち。その熱がむわりとシャールの頬を撫で、焦燥感を与えた。

できるだろうか——そんな不安が重くのしかかる。しかし、シャールはそんな黒い霧のような思考を振り払い、テラスの手すりに駆け寄る。そして、すうと息を大きく吸って——


「——聞いてくださいッ!!」


赤く染まった森に、シャールの声が響いた。自分でも、こんなに大きな声を出したのは生まれて初めてで、自分で自分の声量に驚いていた。瞬く間に兵士たちの間にざわめきが広がり、視線がシャールに集まる。困惑を顔に浮かべる兵士たちも少なくない。きっと「恐ろしい魔術師」の館に、彼女のような少女がいることが予想外だったのだろう。シャールを指さしながら、口々に何かを言い合っている。

しかし、そんな彼の反応を気に留めている暇はシャールには無い。

彼らが行動する前に、エリオスが動き出す前に、彼らを撤退させなくては――


「私はシャール・ホーソーン! レブランク第二王子ルカント様の従者だった者です! 皆さん! すぐに! すぐに兵を引いてください!」


ルカントの名前を出した瞬間、ざわめきはさらに広がる。やはり、ルカントの敵討ちで来たのだろうか。シャールは続けて更に言葉を投げつける。


「この館の魔術師には勝てない! 稀代の賢者も知らない魔術を使い、最速の冒険者や勇者――ルカント様ですら簡単に倒されてしまった! お願いです、兵を引いて! むやみに命を散らさないで!」


ざわめく雑兵たちを、必死に指揮官クラスの騎士たちが怒鳴り散らしながら鎮めている。ルカントが倒されたというのが兵士たちの動揺を誘えたのかもしれない。しかし、徐々に兵士たちの動揺は沈静化していく。信じさせることができていないのだ――兵士や軍人たちにとって羨望の的だったルカントが簡単に殺されてしまったということを。

シャールは表情を歪めながら、苦渋の決断をする。


「見てください! これを!」


そう言って、シャールはアメルタートを高く掲げる。聖剣は若草色に輝き、その光が兵士たちの視線を一身に集める。


「見てください。血の一滴もついていないこの刀身を。刃こぼれの無いこの剣を。これは、ルカント様がこの館の主を相手にまともに戦う間もなく殺されてしまった証拠です!」


ルカントやその仲間たちを侮辱しているようで心が痛む。それでも、兵士たちの命を救うにはこうやってエリオスの凶悪さを伝えるしかない。唇を噛みながらシャールは、清廉と輝くアメルタートを高く掲げる。


「まさか、本当に――?」

「いや、しかしあれは」

「たしかにアメルタート‥‥‥ということは」


動揺が広がっている。ざわめきは最高潮だ。今この瞬間なら突き崩せるかもしれない。

慣れない大声に喉が張り裂けそうになる。それでも、シャールは叫ぶ。止めない。否、もはや止められないのだ。


「お願いです! 今ならまだ間に合う! このまま帰れば彼は皆さんを傷付けたりしない! でも、一度攻撃を始めたら、もう手遅れになる! だから―――」


次の瞬間、ひゅっと風を切る音が聞こえた。そして肩に熱くじわりと焼き付くような痛みを感じ、シャールはわずかに視線を動かし今自分が何をされたのかを知る。


「え――」


シャールの肩には深々と矢が刺さっていた。



いつのまにやら総合ポイントが、200ptを達成していました!

ご覧くださっている皆様、ありがとうございます!

今後ともお付き合いくださいますようよろしくお願いします。

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