Ep.3-1
episode3始まりました
ちろちろと仄かに蝋燭の炎が揺れる昏い部屋の中、二人の人物が向かい合っていた。
一人はマホガニー材の光沢のある重厚な机の上で、書類にペンを走らせている。その表情は、背後のガラス窓から飛び込んでくる街の夜景の光が逆光となってうかがい知れない。
対するもう一人の人物は、反対に夜景の光を受けてにやついた顔が暗がりにあって鮮明に映し出されている。細面に乗った高い鷲鼻、少し金色の髪を後頭部でまとめたその男は、机の男に向かってうやうやしくお辞儀をすると、顔のにやつきをそのまま映したような声で話し始める。
「父上、ご指示通りあの女魔術師は地下牢に。少々うるさく喚いておりましたので、いささかの折檻をいたしましたが――ええ、今は大人しくしていますとも」
父上、と呼ばれた机の男は、ペンを止めると書類から顔を上げてじろりと息子であろう男のゆるんだ顔を見る。
「少しは表情を隠せよファレロ。弟が死んだのだから」
「これは失敬。息子を亡くされた国王陛下に向ける顔ではございませんでしたな」
ファレロと呼ばれた男はくつくつと笑いながら「国王」に深々と頭を下げる。反省の色など微塵もないファレロに対して、「国王」はそれ以上責めることもなく再び書類に目を戻す。そんな「国王」にファレロは重ねるように問いかける。
「ところで、何ゆえあの女魔術師を捕えておかれるのです? いえ、愉悦を満たせるので不満はございませんが」
「乱心ゆえ、じゃ。稀代の大魔術師の乱心など、危なっかしくて野放しにしておけん」
「乱心? しかしあの女は——」
得心がいかないという表情でファレロは首をかしげる。そんな息子に「国王」はちらと視線を上げてみせる。
「建前じゃ。アレを野放しにしてルカントが殺されたことを市井や軍部に喧伝されるのは、儂のささやかな企みを実行するうえでは面倒だからのう。なにせ、やつは『勇者』だ。民や兵に絶大な人気を持っておる」
「はて、その企みとは——?」
ファレロの問いかけにすぐに答えることなく、「国王」はゆらりと立ち上がり窓際へと向かう。白いひげを揺らしながら、たっぷりとしたローブに身を包んだ身体を引きずるように。そして窓ガラスに手を当てる。
「——勇者一行を殲滅するような『力』。それがあれば、わが国はもっと大きくなる。そうは思わんか?」
窓ガラスに反射した「国王」の顔を見てファレロは、背筋が強張るのを感じた——欲望と共に剥きだした黄ばんだ歯、爛々と輝く眼球——悪辣にして、強欲。人の形をした悪魔ともいうべき男。大陸最大最強の国家レブランク王国国王マラカルド三世の姿に。
§ § §
エリオスの館で、彼の「所有物」となったシャールは、午前中は館の家事や、近くの村へと買い物に行くアリアの付き添い。午後は、聖剣アメルタートを携えてエリオスの「研究」に付き合うという生活を送っていた。
邪悪な魔術師の「研究」とはどんなものかと思っていたシャールだったが、エリオスは想像の数十倍シャールを丁寧に扱っていた。基本的にエリオスの興味の対象はあくまで聖剣が主であり、シャールは時折脈や体温を測られたり、ほんの少し採血される程度であとはただ地下の実験室の片隅で椅子に腰かけているだけだった。
研究にのめり込み、書物を読み込んだり聖剣に目を奪われているエリオスの姿を見るたびに、シャールの脳裏には手近なナイフをその無防備な首筋に刺し沈めてやろう、ロープで首を絞めてやろう、聖剣を奪って切り殺そう——そんな思考が幾度となく過った。
その度に、シャールは首を横にぶんぶんと音が鳴るほどに振って、自分を戒める。今の自分に勝てるわけがない——油断しているように見えても、隙を突いたように思えても、彼は仕留められない。あの最速の冒険者と名を馳せたアグナッツォでさえそうだったのだ。彼に遥かに劣る自分が今、何か出来るわけがない。
無駄死になんてできない——務めを果たせなくなってしまうから。この命は、ここ一番の最高のタイミングで使うのだ。そのためには、彼をよく観察して、彼という敵をよく知らなくてはならない。
だから、シャールはずっとエリオスを見つづけていた。家事をするときも、食事の時も、実験室でも——それが今の自分に出来る使命の果たし方だと確信していたから。
そんな日が十日ほど続いたある夜のコトだった。
塔の上の部屋で眠りについていたシャールは、目を覚ました。カーテンの隙間から差し込んだ赤い光に。
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