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貴方の世界

 どこを歩いても、串に刺さった魚の塩焼きを食べている人がいる。この祭に来たからにはそれを食べなければならないという信念を感じるほどに。

 ベルはそういう決まりはないとは言っていたが、食べてみたかった。

 

「コロッケの後に食べない?」

 

「えー、シェリーさっきギブアップしてたじゃん。お腹いっぱいなんじゃないの?」

 

「あれは顎が疲れただけで……」

 

「串焼きはもっと食べるの大変だよ。こうガブッといくんだから」

 

 言いながらベルは、串の両端を掴むポーズをして、口を大きく開けて魚を食べる振りをした。イの形の口は大げさなくらい歯茎を見せて、その顔のままわざとらしくシェリーの顔を覗き込んで来たので声を出して笑ってしまった。

 

「あーっ、ベルだ!」

 

 後ろから真っすぐ向かってくる幼い声にベルは振り向いた。と同時に小柄な女の子がベルの体に飛びつく。勢いがあったが、ベルはしっかりと受け止めていた。

 誰、とシェリーが思っている間に、女の子の後に続くように子供が五人、傍までやって来た。年齢は散らばっているようで、年上に見える子も、同い年に見える子も、明らかに年下の子もいた。男の子も女の子もいる。彼らを見たベルの反応から顔見知りなのだとわかった。

 

「おーっ、みんな」

 

「来てたんだなお前」

 

「てっきりいないかと思ったー。ベル最近学校終わるとすぐジョージのとこ行っちゃうし」

 

 彼らの風貌を見て、シェリーはなんとなく一歩引いた。普通の子供なのだが、服装や雰囲気がベルと似ていて、自分が場違いに思えたからだった。

 グループの中で一番背の高い男の子がシェリーに気付いて目が合う。シェリーはかちんと体が固まって、挨拶をするべきかどうか迷った。だがシェリーが何かを言うよりも、彼が口を開く方が早かった。彼からは逡巡を感じなかった。

 

「そいつ? ジョージんとこに泊まってるやつって」

 

 問いかけはベルに向いていた。シェリーは回答権を持たされてないと思い、頼るようにベルを見た。ベルは自分に抱きついて来た少女の相手をしながらもシェリーを振り返り、そうだよ、と答えた。それを聞くや否や、年下らしい男の子が介入する。

 

「僕見たことあるー! ベルと一緒にボートに乗ってたでしょ」

 

「あ、うん」

 

 今度のそれはシェリーに呼びかけていたので、しどろもどろになりながらもシェリーは頷いた。それを皮切りに他の子供もシェリーに言葉を投げかけてきた。

 

「なんで海で遊ばないの?」

 

「そうそう。ベルと一緒にいるのに全然来ないじゃん。もしかして泳げないの?」

 

「僕浮き輪持ってるよ!」

 

 次から次へと投げかけられる質問の嵐に、シェリーはおろおろして、何から言えばいいものかと閉口した。質問なのに、自分たちが想定している答えが出ると思い込んでいる空気を感じた。それもただ、彼らの明るさに慣れていないが故の卑屈なのかもしれないが。それにしても初めて会った相手に、これほど無遠慮に話しかけるものなのだろうか。

 困り果てているのを察したのは先程目が合った背の高い少年で、「お前らテンション上げすぎ」と冷静に彼らを制した。しかし彼らの意図は引き継いでおり、取りまとめて代弁するようにまたもベルに話しかけた。

 

「俺ら一通り回ったから今から秘密基地に行くんだけど、お前らも来いよ」

 

 自分の遊び場にベルもろともシェリーを連れて行こうとする彼に、初めて出会った時のベルを思い出した。自分のペースやテリトリーに引き込もうとするのはこの島の子供たち全員の特徴なのだろうか。

 

「うーん、今日はいいや」

 

 ベルがそう答えてくれたことに、内心ホッとする。彼らの遊びには体力を使うだろうと思ったのもあるし、知らない場所で知らない人と一緒にいるのは緊張するだろうと思ったからだ。

 しかし、彼は当然ついてくると思ったのだろう。ベルの返事を聞くと怪訝な表情を見せた。

 

「は? なんで?」

 

「だって少しだけって約束でシェリーを連れてきたもん。学校でも言ったじゃん、病気だから私らみたいに遊べないって」

 

 ドキ、と胸に何かが刺さる。その事実は彼らには受け入れられないと予感したからだ。そしてそれは、的を突き抜けるほど的中した。

 

「え、マジなの? じゃあお前らいっつも何して遊んでんの?」

 

「一緒にお菓子食べたり、散歩したり、お話ししたり」

 

「どこで」

 

「宿らへん」

 

「はああ? じゃあそいついるとベルは何もできねーってこと? なんで一緒にいんの?」

 

 ぴしゃ。と。

 言葉が水飛沫となってシェリーの足を濡らした。その水に濡れると動けなくなる。そんな気になった。無機質なくらい冷たくて痛くて、本物の海の方がよっぽど温かい。

 

「運動できないってことは、飛び込みも泳ぐのも木登りも走るのも無理ってことだろ。それじゃそいつはよくてもベルは楽しくねーじゃんな」

 

「そんなことないよ!」

 

「じゃーお前、今まで俺らと遊んでたのは実は全部つまんなくて、そいつといる方がいいってことかよ」

 

「違うって! どっちも好きだよ!」

 

「どっちもって……そんなの変だろ。なあ?」

 

 彼は周りの友人たちに同意を求めるように振り向く。数人が頷いて、彼に同調するように「変」と呟く声が聞こえた。そして彼らの目に、嫌なものを追い出そうとする意思を感じた。その場から逃げ出せない代わりに、体の中がからっぽになっていくようだった。

 

 何を言っても空気が悪くなりそうな雰囲気だった。その中で、二人の会話の意味をちゃんと理解できないながらも、この不穏さを感じたらしい小さい少女が一人、ぽつりと疑問を投げて来た。

 

「ベル姉、もう一緒に遊んでくれないの……?」

 

 それを聞いてシェリーは頭を強く殴られた気がした。頭がガンガンと響く。その後も彼らは何かを言っていたが、もうほとんど頭の中には入って来なかった。ただ非難めいた声が右から左へ通り抜けていく。その中で、どうして自分はこんなところにいるんだろうと、逃げ出したい気分になった。

 自分は彼らからベルを取っていたんだ。それは重い罪を自覚させるようにシェリーの胸を突き刺した。そして何故その罪を犯してしまったのだろうかと、罪悪感と劣等感が頭を巡った。

 

 体さえ弱くなければ、自分たちはみんな円満に遊べて、ベルが同じ島の子たちから「変」なんて言われることもなかった。彼らの誘いを歓迎と受け取ることもできた。この場において嫌なものは自分なのだ。そのことがひどく情けなくて、悔しくて、いたたまれなかった。

 何より、自分のせいでベルが島の子たちに拒絶されるのが耐えられなかった。

 

「ベル。やっぱり私お腹いっぱいみたい。もう帰るから、ベルは遊んでくるといいわ」

 

 視界に何を写しているのかも朧げなまま、シェリーは返事も聞かずに彼らに背中を向けた。

 本当はベルと一緒にいたかった。だけど一緒にいるべきではないと自分をたしなめて、ベルが振り返る前に逃げた。ベルの顔を見たらその場に留まりたくなると思ったから。

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