世界で一番楽しかった数時間
宿に通い詰めるうちに、ベルはシェリーのことを少しずつ知った。外に出られない分いろいろな本を読んでいること。手芸をすること。絵を描くことなどだ。旅行鞄につけたお手製のビーズのアクセサリーを見た時はベルはその器用さに驚いたし、持ち込んだ貝殻を翌日にはネックレスに変身させていたことには大興奮したし、スケッチブックに描いた空想の景色に感嘆の声を漏らした。
その絵の景色がどこにあるのか、ベルはシェリーに訊ねた。想像上の世界だと聞いたベルは目を爛々と輝かせて、その興奮が収まった後も飽くことなくその絵を見続けていた。
「ここに行ってみたいなあ」
うっとりとそう呟くベルに、シェリーは嬉しさと恥ずかしさで顔を真っ赤にした。自分よりもたくさんの風景を見ているはずのベルが、自分の想像を好きになってくれたことが嬉しかったのだ。りんごのようになった赤くなった顔は、絵に夢中になっているベルには見られなかった。そして、本当にその風景があったらいいのに、と思う。
友達なんて作るつもりはなかったのに、シェリーはベルのことがどんどん好きになっていた。
*
港で祭があることを知ったのは、島に来てから一ヶ月半ほど経った頃。やはりベルに知らされたからだった。窓から港を見た時に軒の間からちらと仮設テントのようなものが見えたのは祭があるためのようだ。
「水槽から好きな貝を取ってすぐ浜焼きにしちゃうんだよ〜! すっごい美味しいの! あとは塩焼きにカレーにラーメン! はんぺんのコロッケは絶対に毎年食べるんだー」
飛び跳ねんばかりの浮き足立った様子で食べ物を羅列する口は、食べる前から幸福いっぱいだった。わざわざシェリーの部屋まで来てそんなことを言うのは、行こう、ということらしい。しかしシェリーは尻込みした。
「お祭りって人が多いんでしょう」
「そうそう。わいわいガヤガヤしてて、すっごい賑やか!」
「やめておくわ。お料理ならどこでも食べられるし」
「違うんだよー、食べるものじゃなくて雰囲気が楽しいの!」
祭に行ったことがないシェリーは、その雰囲気を想像しがたかった。とにかく人が多いところという印象が先に立って楽しさに結びつかない。
しかしこの浮かれきったベルを追い返して落胆させるのは、少しかわいそうだった。最近はよく散歩もするし、祭の側まで行って雰囲気を味わうことくらいはできるかもしれない。
結局シェリーは、少しだけなら、と腰を上げて、ロットの運転する車で港まで向かった。
*
港に来るのは、島に初めて降りた日以来だった。あの時はさほど人が多くなくまばらだったが、今は遠くを見通せないくらい人がいる。仮設テント、並ぶ屋台、高々と掲げられた祭の看板が象徴的で、それだけで雰囲気は変わっていた。どこかで焼かれている貝か魚の匂いが鼻腔をくすぐり、食欲がそそられたシェリーは興味深げに辺りを見回した。
ベルに手を引かれるままに進む道中、食べ物をたくさん見かけた。タコの唐揚げ、ホタテラーメン、つみれ汁、串焼きの魚、わたあめ、焼きそば、棒に巻いたピザのようなもの、チョコバナナ、フランクフルト、かき氷、飴細工。すれ違う人がホットドックやコロッケを食べているのも見えた。
並ぶ屋台を抜けて海に一番近い場所まで行くと、仮設テントの中に長テーブルとスツールが設置してある。テーブルの上には網の乗ったコンロが三つずつ。座っている人はそのコンロで貝や魚を焼いていた。そしてテントの脇に並んでいるコンテナには、貝や魚がたくさん入っている。そこで買ったものをすぐコンロで焼いて食べられるようだ。
ベルは隣り合って空いているスツールに滑り込み、シェリーに座って待つように伝えるとコンテナの方へ駆けていった。言われるがままちょこんと腰掛けたシェリーは、興味深げに周囲を見回す。コンロの上で焼かれている魚介と、じゅうじゅうと汁が焼ける香り。シェリーがいつも食べているものは厨房で調理を済ませたものばかりのため、調理されている様子を見るのは新鮮だった。
戻って来たベルと一緒に魚介をコンロの上に載せ、貝が開いていくのを初めて見た時は感動した。開いた貝の汁をタレに入れ、全部開いたらタレを貝に戻して煮立たせるというのが美味しく食べる秘訣らしい。ベルがそうしているのをシェリーも真似して、食べる時に音をたてて汁を全部すするところまで真似した。じゅるるっという音はお嬢様のシェリーには似合わなくてベルがニヤニヤしていると、シェリーは「ロットには内緒にしてね」と少し恥ずかしそうにして、二人で笑った。




