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巡る


ブファスは顔を上げる。

戦いの匂いをいち早く感じ、ニタリ、と口角が上がった。

口から血が滴り落ちる。

手にしていた赤子の頭蓋骨を放り投げ、ブファスは空に舞い上がった。

真っ赤な口を拭い、不敵な笑みを浮かべるブファス。

その目の前には、様々な種族の烏合の衆が真っ黒な大群となってブファスの命を求めていた。

ブファスは何やら呟いた。

またたく間に空には黒い雲がたちこめ、紅い稲妻が鳴り響く。

すぅ、と息を吸う。今日も暇を持て余す事はないようだ。ブファスはうれしくてたまらない。

「お前ら全員が、今日のおやつだぁ!!!」

ブファスはとんでもなく大声でそう叫ぶと、大群の中へ飛び込む。

黒い羽を真ん中に、大地は紅く染まっていく。


ブファスは道を歩いていた。

様々な人種を喰い尽くし、もう食べる物も減ってきた。それでもブファスは気にしない。空腹を知らぬこの体。別に食べなくても問題ない。

老婆が一人、転がっていた。

命を散らすこのご時世、ここまで生きるとは意地汚い。

ブファスの頭は寒々と、死に苦しむ方法を探し出す。

老婆は言う。

「儂を喰ろうてなんとする。()はいつから世のために動くか」

汚い生き物だった。すえたような臭いを発し、もとが何色だったかもわからない布切れをまとっている老婆は、目に見える肉は黄色く干からびていて棒切れのように細かった。

「お前を喰うと、世のためか」

「口減らしじゃて、助かるよ」

ブファスは首を振る。

「俺はお前らの為には動かん。朽ちれば良い」

老婆は笑う。

「助けるか!お前が人を!」

ブファスはムッとする。

「殺せば助かるのだろ」

「喰うても喰わんでも」

老婆は歯のない口でにんまり笑う。

「儂はお前に感謝するじゃろうて」

ブファスは困った。

「俺はお前に感謝されるつもりがない。やられて困ることを言え」

ぶぁぶぁぶぁ!老婆は笑う。

「儂がお前にそれを教えるとでも思おたか?喰われる身になり考えよ。誰よりもお前が一番、それを見てきたのじゃろ」

ブファスはどっかり老婆の前に座ると、その日から考えだした。


老婆はそんなブファスにお構いなしに、日を跨ぎ何日も、自身の過去を語りだす。


幼き頃、やんちゃな頃

「そろそろ思いついたかの?」

「さっぱりわからん」


お転婆な頃、恋した頃

「もしかして、足一本だけ喰うか?」

「おお助かるよやってくれ。ちょうど足が痛んでおった」


家族ができた頃、子が生まれた頃

「もう諦めて喰ろうたらどうじゃ」

「お前に感謝はさせん」


愛する男が死んだ頃、愛する子供が喰われた頃

「そろそろヒントをくれ」

「簡単すぎて答えになってしまうわ」


老婆がいつものように、「今日は女学生の頃じゃ」と話し出す。

ブファスは憮然とする。

「まだあるのか?お前の話はつまらない。ずいぶん長く話すもんだ」

老婆は笑った。いつものように汚い口腔。

「おかしな事を言いなさる。お前が喰ろうた全員に、これと同じだけの過去がある。お前の腹の中に、今も変わらず(うごめ)いておる。それに比べれば、儂の過去など、砂粒ひとつにすぎんわ」

ブファスは黙った。

喰われた者の過去。困る事。嫌な事。

次の日、老婆は横たわった。

「遂にお迎えが来なさった。お前は儂を喰わなかった。儂はずっと、お前に喰われるのが怖かった。感謝しよう。だが、儂の身内はもう誰もおらん。お前に感謝は続かない。お前にあるのは怨嗟(えんさ)のみだ。まいったか怪物め。儂はお前に感謝しよう。だがお前には何も残らん」

老婆は満足げにこの世を去った。

ブファスは涙を流し悲しんだ。

老婆よ、お前が俺に教えた。

弱き者の心を

踏みつけられる恐怖を

感謝される嬉しさを


この日からブファスは、他者を傷つける事をやめたのだった。


人が集まり、想いを飲み込み、やがて力となりほとばしる。

ブファスに踏みにじられた人々は、日ごと()ごとに現れた。

全く抵抗しないブファスだが、恐怖にかられた人々にそれは伝わらない。

真っ赤に染まったブファスに、唾を吐きかけて去っていく。

闘争の悪魔神として生まれたブファスは、死ぬ事がない。

痛みがあるだけで、どんな傷もやがて癒える。

人々は、ブファスを満足するまで痛めつけると数ヵ月してまた現れる。

何度も、何度も、それは繰り返された。



その人は立っていた

降り続く雨に、濡れるのも(いと)わず

黒い髪、黒い瞳

背中の禍々しい黒い翼

そのすべてを血に濡らし

あらゆる種族の血を

己の手で流した彼は

その血を雨の雫で、洗い流す

私は見ていた

見下ろしていた

背中の翼がそれを叶える

真っ白い、翼

彼の顔が、濡れる

雨か、血か

涙か

そして私は言う

いつものように

あなたの願いは、なに?

彼は言う、絞り出すように

俺の願いは

許しだ、と


「ふぅ〜ん、変な願い。ね、貴方、闘争神でしょ?」

白い翼をはためかせながら、女が降りてきた。

人々は、此度も満足して帰っていったようだ。

また来るだろう。まだ許されぬだろう。

「お前は、誰だ」

ブファスは鋭く言う。

くす、と女が笑う。

「私はルルーシェ。天使なの。貴方、天使の願いを知っていて?」

「知らん」

ルルーシェは、ブファスの前に降り立つ。

白い翼、白い肌、透き通るような水色の瞳、煌めく金色の髪。

反するブファスは黒い翼、黒い瞳、黒い髪に赤く濡れる皮膚。

羽をちらしながらルルーシェは翼を開く。

「何でもひとつ、願いを叶えるわ。さっきの願いも、叶うわよ?」

ブファスは体をよじって歩き出す。

「いらん。願いはない。他に行け」

「まぁ」

ルルーシェは少し飛んでブファスの前に回る。

「泣いていたじゃない」

ブファスはルルーシェを押しのける。

「泣いてない」

ツ···と、ルルーシェがブファスの頬を指でなぞる。

「すごい、傷」

ブファスはルルーシェを横目で見ると

「すぐ治る」

と言って森に消えていった。

あくる日、ブファスが目を覚ますと、目の前に金色の糸が垂れていた。

「?」

不思議に思い引っ張ると

「ぎゃん」

と、天使が落ちてきた。

「何をしているんだ、お前は」

ルルーシェは頭を抑えながら言う。

「貴方が願いを言わないのだもの」

ブファスはため息をつく。

「ないと言っただろう···おい」

ブファスはルルーシェの頭を持って、自分に向けさせた。

「傷が治っている。どういうことだ」

ルルーシェはにっこり笑うと、言った。

「それの答えを知ることが、願い?」

ブファスはルルーシェの頭から手を離す。

「そんなわけあるか」


「きゃん」

ルルーシェは跳び上がった。

「何をしている」

ブファスが木の上から顔を出す。

ルルーシェは真っ白い手を赤く染め、恥ずかしそうにブファスを見る。

「木を切ってるの。難しいわ」

ブファスはため息をつき、ルルーシェの手を取ると自分の手のひらを当てた。紅い煙が上がる。

ルルーシェの手を見るブファス、それを見上げるルルーシェ。二人の視線は合わない。それでもルルーシェは気にする風もなく、にこやかにブファスに問う。

「まぁ、すごい。貴方回復もできるのね。なぜ自分を癒やさないの?」

「関係ない」

ルルーシェは不格好にも木を切り倒し、組み立て、隙間風だらけの家を建てた。

「ブファス、今日からここが私達の家よ」

ルルーシェは得意げに言う。

ブファスは仏頂面だ。

「家などいらん」

ルルーシェは気にせず、ブファスの背を押して、ぐいぐいと家に入れる。

「これで、貴方に居場所ができた。私と二人の、居場所がね」

ブファスはため息をつくと、そう言うルルーシェの手を取り、マメだらけの手のひらを癒す。

「お前は何がしたい。とっとと家に帰れ」

癒やしを行うブファスの手のひらを、ルルーシェがそっと包む。

ブファスは顔を上げ、二人は近くで目が合った。ルルーシェはふわりと微笑む。

「私の家はここなのよ」


何日かすると人が集う。

熱を帯びた怨嗟(えんさ)の叫び。ルルーシェはブファスの手を取った。

「行きましょう。大丈夫、また作るわ」

ブファスは動かない。

「俺は逃げん。お前はここにいろ。家から出ないと誓ってくれ」

ルルーシェは硬く頷く。

「貴方がそう、言うのなら···」

ブファスはルルーシェの作った家を出、人の怨嗟(えんさ)をその身に浴びる。

「あぁ、あぁ、なんてこと。ブファス、私のブファス。こんなことを、もう貴方は何度繰り返すの···」

ルルーシェは泣く。涙かポロポロ流れ落ちる。

ブファスはルルーシェの頬を拭う。ルルーシェの頬にブファスの血糊がついてしまう。

「俺なら平気だ。お前が見つからなくて良かった」

お前を守りたい。だが願えない。

そう思うものを、喰ってきた。

人々の怨嗟(えんさ)を、ブファスはその体で受け、ルルーシェはその心で受けてきた。

ある日、白い生き物が家を襲う。

「いけない、これはっ!」

ルルーシェは、ブファスに庇われながらも目を見開く。

「お兄様だわ、見つかった」

神々しく輝く男が、二人の前に降りてきた。

「ルルーシェ、探したよ。家に帰ろう」

ルルーシェはブファスを握る手を強める。

「ラグエル兄様、私の家はここなのです」

ラグエルはブファスに顔を向ける。

「それは、悪魔だ。そそのかしたな···よくも妹を」

白い怒りをほとばしらせるラグエルは、尖った光を波立たせていた。

ブファスの前に、立ちはだかるルルーシェ。

「いいえお兄様、違います。そそのかしたのはこの私。ルルーシェはブファスを愛しています」

白い稲光があたりにほとばしる。ラグエルの怒りが、白い蔓となってのたうち回る。

「お前が誰かを、愛すだと。それが黒い、悪魔だと。そんなことは、認めない」

ブファスが自身の胸に手を当てる。ルルーシェを抱え兄を見る。

「すまん、俺には彼女が必要だ」

そう言うと、ブファスは紅いドームを作りヒュン、と消えた。

ブファスは白い閃光をその手に受け、負傷していた。どくどくと流れる赤い血を見て、ルルーシェは涙を零しながら、ブファスに口づけた。

途端、白い光と共にブファスの傷は癒える。

「お前は···そうやって俺の傷を癒やしていたのか···」

ルルーシェは微笑む。

「はい」

ブファスはルルーシェの涙を拭い

「家を作ろう。二人の家を」

そう言って立ち上がった。


二人で木を切り井戸を掘り、屋根を()いて共に寝た。

どんなに居場所を変えても、人々もお兄様も現れる。

ルルーシェは言う。

「ブファスに傷をつけたなら、私はこの命を終わらせます」

ラグエルは息を呑み、そうして現れなくなった。

人々は相変わらず、面白いように集まり猛る。

「ブファス、知っていて?」

ある日ルルーシェがブファスに言う。

「人が貴方を傷つける理由。怨嗟(えんさ)などではなくってよ」

ブファスはルルーシェを見る。

ルルーシェは、窓辺に立ち、ブファスに背を向け外を見ていた。

「森に面白い生き物がいる。殴っても切っても、また現れる。人ではないからやり放題だ」

ルルーシェは涙を落とす。

「貴方の罪はもう忘れ去られた。貴方はもう、休んでいいはずよ」

ブファスは立ち上がりルルーシェの傍に歩み寄り、自分に向けさせ、その涙を拭う。

「それでも俺は、受けるしかない」


人の願いを叶える天使、『願いの天使』にとって最大の禁忌は自身の願いを叶える事。

ルルーシェは新月の夜、湧き水で身を清め、一糸まとわぬ体で立ち、自身の願いをその手に乗せた


 許しを受け入れぬあの方の

 罪をすべて消し去って

 せめて私が見てるまで


手に震える願いの珠。暗い夜空に溶け込んで

やがてルルーシェは力を失う。

「ルルーシェ!!」

ブファスは悲鳴のように叫ぶ。

「あぁ、なんてことだ。なぜ翼がっ!」

翌朝ルルーシェを見つけたブファス。真っ白な彼女の肌はその背中をまるまると見せつけていた。

「貴方には関係ないことだわ」

目を覚ましたルルーシェは言う。

「天使にだって願いはあるの。叶え方を知ってたら、やってみたいと思うのが業というものよ」

翼をすべてこぼれ落としたルルーシェは、すっきりした顔でそう言う。

ブファスはベッドに寝かせたルルーシェのすぐ横に座り、両手を硬く握ってルルーシェを見た。

「天使である事を放棄してまでの願いに、俺が興味を持ってはいけないのか」

ルルーシェはブファスの顔に手を添える。

「貴方を愛してる。ただそれだけよ」


そうして幾日かが経ち、ブファスの前に天使が舞い降りる。

「ここに堕天使がいるはずだ」

ブファスは目を釣り上げる。

「俺は悪魔だ。ここには天使などいない」

ブファスの肩を、押しのけて進もうとする天使。

ブファスは紅い閃光を浴びせる。

「貴様に俺のルルーシェを触れさせるものか」

ブファスは強固な紅いドームを作り、決して誰も入れさせなかった。

何人もの天使が現れ、ラグエルが何度も訪れる。

「妹に会わせろ」

「お前は天使だ。ルルーシェはもう天使ではない。頼むから放っておいてくれ」

ラグエルは冷たい瞳を向ける。

「お前も悪魔だ。ルルーシェは悪魔ではないぞ」

知っている。ルルーシェが悪魔だと?

背中に翼がなくても、頭の輪が消えても、ルルーシェ程の天使はいない。

堕天使が糾弾されるというのなら、まずは俺を葬るがいい。

俺がどれだけの事をしてきたと思う。

天使の追求は、年を追うごとに過激になり、ある日ブファスは怪我を追った。

「ブファス!どういうこと。そんなはずないのに!」

ブファスの傷を見てルルーシェが泣く。

そういえば。

人々が怨嗟(えんさ)の波で押し寄せなくなって何年が経つ?

ルルーシェが涙を浮かべて俺に癒やしを施さなくなって?

「お前の、願いは···」

ルルーシェは泣きながら、ブファスにキスをする。

「貴方を愛しているのよ、こんなにも」

ブファスはルルーシェを抱きしめた。

「俺もお前を愛している。それが、もしも、許されるのなら···!」

許されない、そうだろう。人は人を愛す生き物だった。こんなにも、こんなにも、想いが溢れほとばしる。

そんな奴らを俺は捻り潰し擦り潰し、捩じ切りながら飲み込んだ。

「ブファス」

ルルーシェがブファスの頬に触れる。

「どうか私を愛して。貴方の願いではなくってよ。私の願いで、私を愛して···」

ブファスは流れ落ちる涙もそのままに、ルルーシェを抱きしめた。


「ワタクシをこんな辺鄙な場所まで、よくもいざないましたわね」

真っ赤な髪、白い瞳孔、不敵に笑う口。

何年に一度か、という嵐の日だった。

ブファスはルルーシェに絶対に外に出てくるなと言い聞かせ、家の補強をしている所だった。

ブファスは何度目になるかの天使の訪問に、雨に打たれながらも確実にドームを強固にした。


 パキィーン!


あっという間に割れるドーム。再びドームを貼ろうとするブファスの手を握る女がいた。

「お前は誰だ」

白い手を振り払いブファスが問う。

「ワタクシは、リリス。貴方、闘争悪魔神ブファスでしょう。堕天使に骨抜きにされるなんて、面白い冗談ね」

リリスはそう言い、手のひらをふ、と動かす。

途端に、ブファスの体は遠く放られる。

「ぐはっ!」

溢れる血潮。しかしブファスは自身の血など見ていなかった。ブファスが見るは家の中。

雷鳴轟き、風がうなり、辺りはひどい嵐となっていた。だが、ブファスには見える。

おとなしく待つ、我が愛しの人。

ヒュン、と、ワープし、リリスの前に再び立ちはだかる。

リリスはにっこり笑って、片手を口に当てた。

「まぁ、汚い。黒と赤ってこんなにも汚いの。ほら、せめてこの翼」

朗らかにそう言うと、リリスがブファスの黒い翼をつまむ。小指を立て、上品に。と、

「うぐぁ···!くぅっ!!」

バキバキバキ、とブファスの翼が啼く。

リリスはひどい風と雨の中、不思議と凪の中にいて、髪の毛一本濡れずにいる。

くすくす、と、リリスは嘲笑わら

「貴方、戦いを放棄してもう何年になるのかしら。ワタクシはその間もずっと楽しんできてましてよ」

歌うようにそう言うと、もう片方の手をリリスはブファスの顔に近づける。

リリスを囲む薄く白い繭のようなバリアから出た、真っ白いリリスの手は途端に雨に濡れて雫を垂らし始める。

「両方だと見えなくて不便ですもの。一つだけにしておきましょうね」

優しく撫でるようにそう言うと

「うがぁぁぁぁ!!!」

ブファスの頬をボタボタっと鮮血が落ちる。

べちゃっ!と、リリスは手を振り、血の塊は、雨の激しく叩きつける地面に落ちた。リリスは血で濡れた人差し指を、雨に濡らしまたたく間に綺麗に白くしながら立てると、つーとブファスの足のあたりで横に薙いだ。

ガク!と足が一本切り落とされる。

べちゃ、と泥の中に埋もれるブファス。

「はっはぁ、はぁ、おい、家に、は、入るな」

ブファスは体中真っ赤に染まりながらリリスに縋り付く。

「悪魔神ともあろうお方が、無様ですこと。あぁ、言い忘れていました」

リリスはブファスを見下ろして微笑む。

「貴方に用はございませんの」

リリスはつまむようにブファスを持つと、そっとその場に置いた。

ブファスがガクン、と沈む。

バン!と、家のドアが開く。

「キャァァァ!!!」

両手を顔に当ててルルーシェが走ってくる。

「なんてことなんてこと!!!あぁ、ブファス、なんてこと!!」

ルルーシェはまたたく間に大きな瞳を涙で潤わせブファスに口づけをする。あまりのキズに一度では癒せない。

ブファスは飛びそうな意識をなんとか留まらせる以外にできることはなかった。

目の前にいた愛する人が視界から消えた。

顔に雨が、うるさいくらいに、当たる。


 ブシュウ!!!


温かい、血潮が、ブファスに降りかかる。

「あ、あ、やめ、てくれ。お、れのルルーシェ、を、どうか、平、和で幸せ、な場所、で、生きさせ、て、くれ。お願いだ、ど、うか···」

辺りを白い光がほとばしる。

リリスが笑う。

「それが貴方の願い?」

「ああ、そ、うだ」

ぶわ、とリリスから光が漏れる。

「『願いの天使』であるワタクシ、リリスがお前の願いを聞き遂げた。代償は二人の関係性。記憶をなくし、接点もなくなるだろう。お前の願いで堕天使は消える。ワタクシの役目も終わりとなるだろう」

リリスはそう言い、ゆっくり歩いて消えていった。

血を流し、ずるずると這いずりながら、ルルーシェがブファスに覆いかぶさる。

「ブファス、あぁ、ブファス。私は貴方を愛してる。こんなにも愛してる、どこにいても、きっと···」

ルルーシェは涙を零しながらブファスに深いキスをした。

二人を嵐の音が包み込む。


「妹はどこだ」

気づくと俺は土砂降りの雨をその顔に受けながら、仰向けで寝ころんでいた。

体を起こすと妙に重い。左頬にべったりと、この雨でも流しきれないほど血がついている。

「どこだと、聞いているんだ···」

自ら光を放つ勢いでラグエルが怒っている。

「なんの話だ」

ラグエルは、両手を硬く握りしめながら俺を睨む。

嫌われたもんだ。まぁ、元々俺を好意的に見る奴も珍しいんだが。

「リリスが···来たんだろう。あの子を···」

そう言うと、ラグエルはうつむく。

「リリスなら帰った。俺には関係ない」

ガツ!

ラグエルが俺の胸倉を掴む。

「貴様、貴様···。約束がなければ殺してやるものを···っ!よくも妹を、ルルーシェを!!!」

ルル···ーシェ···。

「誰だ」

ラグエルが目を見開く。唇がわなないている。

「やはりそうだった。あの子は僕の元にいるのが幸せなんだ。すぐに探し、連れ帰ろう。僕の元で永遠に···」

「駄目だ」

俺はラグエルに掴まれながら、顔に手をやる。

駄目だ···。

平和で、幸せな場所、天使界にそれはない···。

平和?幸せ···なんだそれは。

考えても、出てこない。でも、駄目だと思う。

ラグエルは俺をつき離し、白い球体を出して何やら探っている。

その背を見ながら俺は思う。

探さなくては、何を?

守らなくては、何を?

愛している、···誰を?

「居た。良かった。すぐに迎えにゆくよ···」

ラグエルが呟く。俺はそれを覗き込み、ラグエルに強烈な一撃を浴びせると、何かに背を押されるようにその場へ急いだ。

「俺の、居場所は···」





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