料理人アデラ
ヘレナは、カールを店の厨房を切り盛りしているアデラばあさんに引き合わせた。
「アデラ、ちょっといいかしら?」
アデラは、野菜を刻みながら振り返りもせずに返事をした。
「おや、ヘレナ、なんだい? 夕方は忙しいから邪魔しないどくれって言ってるだろ」
「はいはい、最近の弟子は料理もろくにできないってね、いつも聞かされてるわよ。でね、料理ができそうな弟子を連れてきたの。新入りよ」
「なんだい、本当かい?」
アデラは、手を止め、首だけ回してカールの方を向いた。
「おや、かわいい坊やじゃないかね」
カールは、お辞儀をした。アデラは、嬉しそうに笑った。
「礼儀正しい子だ。名前はなんて言うんだい?」
「カール・ネッケルといいます」
「カールね。じゃあ、早速手伝ってもらおうかね。魔法は使えるんだよね?」
アデラは、そう言いながら、すでに野菜を刻む作業に戻ろうとしていた。カールは、うつむきながら返事した。
「いえ」
アデラは、包丁を持ったまま怪訝そうに二人を見た。
「魔法を使えないのかい? プレキャストしてもらった石でもかい? そりゃまた、魔法店にしては変わった新入りだねえ」
「でも、料理ができるのよ。ヤセン料理だって」
「そんなこと言ったって、この厨房じゃ魔法が使えないと煮炊きもできないよ」
当然ながら、ハンソン魔法店の厨房は、発熱石が料理の熱源になっている。魔法が全く使えないのでは、食材に火を通すこともできないのだ。
「今日のところはアデラが火加減をみてよ。魔法ならおいおい教えるから」
「魔法を教えてからつれといで」
「まあ、そう言わないで。ヤセン料理ってのを食べてみたいじゃないの」
「なんだい、ヤセン料理ってのは? 聞いたことがないよ」
「とにかく、今日は、この子に料理させてみて」
アデラはカールを邪魔にしたが、ヘレナは気にせずに、それだけ言うとさっさと出て行ってしまった。アデラは、あきらめたように首を振り、うつむいているカールにどうしたものかと目を向けた。
カールは、暗い気持ちになった。魔法を知らないばかりにルブレヒトとやらのへぼ剣士には負けるわ、料理人にすら邪魔にされるわ、とにかく情けないのだ。ネッケル家ともあろうものが、祖父が活躍した時代からの時勢の変化に取り残されてしまったことに忸怩たる思いだった。今夜にでも父宛に手紙を書こう。そして、カール自身は、少しでも早く魔法を覚えねばならない。そのためには、あらゆる機会をとらえて、修練に励む必要がある。
「おや? カール、いい顔になってきたね」
「はい」
顔を上げたカールの目には、力が戻っていた。
「やる気が出てきたようだね。よかったよ。やる気のない弟子ほど役に立たないものはないからね」
「アデラ殿、私に発熱石の扱いを教えてください」
アデラは、にっこりと笑った。
「いいね、やる気満々じゃないか。もちろん教えてあげるよ。あたしゃ魔術師じゃないけど、それくらいはできるよ」
カールは、それを聞いて、意外そうな顔をした。
「魔術師ではいらっしゃらないのですか?」
「そうだよ。この店ではあたしだけが魔術師じゃないのさ。でも、厨房の魔法道具の扱いなら任せときな。うまいもんだよ」
アデラは、胸を張った。カールは、アデラを信頼することにした。
「では、よろしくお願いします」
「いいとも。魔法入門としてはちょうどいいんじゃないかね。ヘレナもそういうつもりであんたを連れに来たんだろうしね。でもね、いきなりは無理だよ。明日からにしよ。今日のところは、発熱石の扱いはあたしに任せて、あんたは料理しな。あたしもヤセン料理ってのを食べてみたい気がするしね」
「はい。わかりました」
「材料は何を使うんだい?」
「なんでも大丈夫です。その切りかけの野菜を使ってもよろしいですか?」
カールは、料理に取り掛かった。
その日の夕食には、ゴグネスバネットでは見られない料理が並んだ。スープの具には、見慣れない食材が使われている。パンは、いつもの黒パンではなく、なにか緑色のものが混じって変な色になっている。だが、香りはいい。
店員たちは、新入りが作ったという見慣れない料理に、最初のうちは用心していた。だが、おっかなびっくり一口食べてみたとたんに、その用心が吹き飛び、用意した料理はあっという間になくなった。