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陰陽高校生 大戦記  作者: 風間 義介
九章「九尾の願い」
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90/128

三、

 月美が手にしていた資料から手を離すと、勇樹は用件を簡潔に伝えた。

 「会議室で次の作戦のブリーフィングがあるとさ……十分後だ、それまでに支度してくれ」

 「……わかった……と言いたいけど、海神さんも出るんでしょ?」

 「あぁ。出るな……一応、戦術参謀だからな」

 「なら出ない」

 月美は勇樹のその一言を聞いて、即答した。

 勇樹は別段、そのことに驚いてはおらず、むしろ、予想通りといった感じでため息をついた。

 「まぁ、当然といえば当然、か」

 「当たり前じゃない。私たち、あいつに命を狙われたんだから」

 再び資料を手に取り、文面を眺める彼女の声は感情を抹殺していた。

 月美のその態度で、一瞬、場の空気が凍りついたように感じた勇樹は、乾いた笑みを浮かべた。

 もちろん、勇樹も彼を許したわけではない。しかし、彼が主導したという証拠もないため、疑惑の目を向けるだけにとどまっていた。

 「……風森のことは適当にごまかしておくよ」

 「ありがとう」

 月美は勇樹に礼を言うや否や、手元にあった、読みかけの資料に再び目を落とした。

 その変わり身の速さに、呆れを通り超えて感嘆しながら、勇樹は月美に背を向け、書斎をあとにした。

 「んじゃ」

 去り際、勇樹は手をひらひらと揺らし、その場を立ち去った。

 月美はその背中に視線を送ることなく、ひらひらと手を揺らし、答えただけだった。


 その頃、護は隠れ里の長の屋敷にいた。

 しかし、当の屋敷の主は未だ、現れていない。

 ――九尾について話があるって言ってたけど……まぁ、気長に待つか

 一方的に基本的に呼び出されて、その上待たされることには、もはや慣れっこだ。

 なにより、九尾についての情報なのだ。どれだけの国に関わってきたのかわからない以上、それなりの準備もあるのだろう。

 そういったあたりは、やけに人間臭いように思えるのだが。

 ふと、部屋に近づいてくる気配があった。

 どうやら、この屋敷の主が来たようだ。

 「待たせたな、土御門の若君」

 「いえ……お邪魔しておりました。里長様」

 護は入ってきた老人に正座のまま、頭を下げた。

 里長は楽にしてくれ、といって、護と対面する形で座った。

 そこには、毛並みは立派ではあるが、色があせている狐がいた。そして、彼の後ろには九本の狐の尾がゆらゆらと踊っていた。

 そして、その外見だけではない。彼から流れてくる雰囲気と神気と呼べるほど強力な妖気が、里長としての風格を表しているようにさえ思えた。

 「……どうやら、まだ私の妖気になれないようだな」

 「なにせ今の世の中、妖気はおろか、気脈に触れることが少なくなってしまいましたから」

 それは同時に、瘴気に触れる機会も減ったということなのだが、本来の自然を感じる空間がなくなっているということでもあった。

 効率が優先される現代社会において、それは仕方のないことではある。しかし、悲しいことではある。

 そして、現代社会のこの環境は、護に、いや、あらゆる術者に影響を与えていた。

 「……力の制御は、慣れてきたようだな」

 「はい。おかげさまで」

 護はそう言って、頭を下げた。

 今の護は、半妖化してこそいないが、神通力を解放している。そうでもしなければ、目の前にいる老狐に気圧されてしまう。

 それほどの力を持っている妖が、からからと笑いながら、半分は妖とはいえ、人間とこうして話しているのだから、人間に対して悪い感情を抱いてはいないようだ。

 しばらく、微笑んでいた老狐だったが、ひとしきり笑い終えると、真剣な表情になった。

 その表情に、護は自然と背筋を伸ばした。

 「さて、九尾のことだったな」

 「はい。よろしくお願いします」

 「……ふむ……少し長くなるが、大丈夫かな?」

 「問題ありません。むしろ、対価としては安いくらいかと」

 「ほっほっほ。言いおるわい……では、はじめるかな」

 老狐は静かに、しかし厳かに話し始めた。


 九尾は、いや、神狐はそもそもインドから渡ってきた妖の一族。その一族の一員であった九尾が歩んだ道のりと、神狐の一部が日本に渡ってきた理由を。


 はるか昔、釈迦――シッダルタがまだ目覚めた人(ブッダ)となるよりもずっと前の時代。古代インドの王子が一人の美少女に出会った。

 その美少女が神狐が人に化けた姿であることを知らず、王子は彼女を見初めた。

 神狐もまた、王子を深く愛し、やがて二人は婚姻を結んだ。ここまでなら、よくあるおとぎ話に出てくる一節に過ぎない。

 しかし、人間と妖とは住む世界がそもそも違う。

 人間には人間の、妖には妖の規律(ルール)がある。まして、それが、国を治める立場にあるものならば、それは重大なものだ。

 王はそのことをわかっていた。だからこそ、神狐を大切にしたが、同時に国のことを思い、国のために全力を尽くした。

 しかし、神狐はそれを理解することはできず、王の与えた快楽を覚え、そしてそれに溺れ、最終的にその国を破滅寸残まで追いやってしまった。

 それを好機と見た他の妾たちは、神狐が人間ではないことを大臣たちに告発し、神狐を国から追いやった。

 しかし、神狐からしてみれば、それはあまりにも理不尽なことであり、許しがたいものだった。

 そのため、ありったけの呪詛をその国王に残し、自分の本来の姿を、白面金毛九尾の姿を国民に晒し、国を去った。

 その後、九尾は人を、特に大国を束ねる権力者を強く恨むようになり、あるときは(いん)紂王(ちゅうおう)が后、「妲己(だっき)」として、あるいは鳥羽天皇の寵愛を受けた姫、「玉藻前(たまものまえ)」として、多くの権力者に近づき、愛され、そして国を傾ける要因になったという。

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