十、
その後、勇樹と桜、清と明美の四人も模擬戦で華麗に勝利を収めた。
しかし、五人に向けられる視線と護に向けられる視線は明らかに違っていた。
無理もないといえば、無理もない。
護は半妖であり、月美たちは人間だ。むろん、勇樹は全ての四大精霊と契約をしているという時点で、例外と言えるのだろうが、それでも、一応、人間だ。
はじめから、人間ではない護とは違う。
結局、護の戦闘力を図る目的で行われた模擬戦闘は、護を針の筵に座らせることになった。
――そして、陰陽寮内部で最も行動的な一派が、護の排除を計画するようになったのは、この頃からだった。
――このままじゃ、多分、俺、死ぬな……
自分の部屋のベッドの上。
護はそこで胡座をかいて、瞑想をしていた。
そのさなか、護はふと、自分が今どのような状況に置かれているのか、このままではどのようなことになるのかが頭の中に浮かんできた。
同じ陰陽寮の職員といっても、目的こそ同じではあるが、それを達成するために取るべき手段と考え方は違ってきていることに気づかない護ではなかった。
江戸城螺旋外堀を除く、すべての封印と鬼門、裏鬼門を奪還してから感じていたのだが、ここ最近になってその気配は、より濃厚になった。
そして、極めつけは先日の模擬戦闘だ。
手加減はした。半妖にはなっていない。それでも、一撃で形代二つを破壊するほどの雷神召喚を行った。それができるのは、ひとえに半妖だから。人間ではないから。
当然の論理だ。いつかそうなることを、護は覚悟していた。
だから、自分の中の神通力を、普段から抑えることをやめた。十二天将を、自分の配下にすることを諦めなかった。
家訓を触れることになるとわかっていて、術者に、人間に、雷神召喚を行った。
全て、半妖に、人と妖の狭間に立つ、という決意と覚悟があってこそのことだ。
だから、こうなることも、護は受け入れていた。
しかし、心配なのは関係のない月美たちのことだ。
――もちろん、あいつらは人間だってことは証明されている……けれど、いくら術者でも、いくら陰陽師でも……
大きな恐怖が身近にあることを知ったとき、それと関わりがあるというだけで、接点があるというだけで、関係のない人間をも排除するようになる。
それこそ、中世の魔女狩りのように。
――それだけは、避けなけりゃな……
そのためには、さて、どうしたものか。
護の頭の中では、なかなか答えの出ない問題が、いつまでもぐるぐると回っていた。
陰陽寮内の一室。
そこに、武闘派の、妖勢力の殲滅を目的とする職員たちの一部が集まっていた。
中には、まだ訓練生の若者もいた。
「……集まったか。諸君」
部屋に並べられた長机、その奥に手を組んで座っている一人の男が、腹に響く声でそう喋った。
その言葉に、部屋に集まった人々は、一斉に彼に視線を向ける。
視線が全てこちらに向いたことを感じ、男は立ち上がり、まるで演説をするかのように語り始めた。
「諸君、我々は妖から人間を守るために、この組織に入った。そして、現に今日までに妖に侵略された我々の街を、僅かではあっても取り戻してきた……しかし」
男はスクリーンの方へ振り返り、この部屋にいる術者たちに背を向けた。
スクリーンには、一人の少年の顔写真がアップで写されていた。
「先日、訓練生の中に、あろうことか妖と人間の狭間にある存在を確認した。それが、いまスクリーンに写っている少年だ」
男の言葉に、部屋には少なからず動揺が走った。
陰陽寮内に半妖がいるということは、実しやかに囁かれていた。しかし、信憑性がない上に、そもそも人間と妖との間に子供が生まれるということがありえないこととされているため、あくまでも噂として扱われていた。
しかし、目の前に写っている一人の少年が、そのありえない存在であるということを告げられたのだ。
動揺するのも、無理はない。
男はそのことにすでに気づいていたが、あえて無視して、話を続けた。
「この少年は、先日の訓練生の模擬戦闘で人間ではありえない戦いを繰り広げていた!加えて、先日の封印奪還作戦において、半妖の姿へと変貌したという報告を受けている!!これは、人間のために動く陰陽寮が、妖の存在を認め、彼らと共存する可能性を模索していることの現れにほかならない!!」
男は机を殴り、続けた。
スクリーンに投影されている少年、土御門護本人がそれを聞いたら、とばっちりもいいところだ、と食ってかかっただろう。
「人間を守るためのわれらが、妖の力でそれをなすのか?否!断じて、否だ!!」
男はなおも主張し続けた。
自分の、人間の力だけで、妖と戦い、この世界を取り戻す。
それが、この男の望みだった。
「よって、私は……心苦しいが、この術者を、土御門護を討伐する!」
その言葉に、部屋はざわついていた。
男は、そのざわめきを楽しむかのように、にやりと笑った。
その首元には、中央に炎がともった、歪んだ五芒星が記されていた。
そして、この日。陰陽寮の勢力は、水面下で二分化した。
模擬戦闘から数日。
その実力を認められた護たちは、訓練生でありながら、一般の任務にも参加することを許可された。
しかし、護たちはそれを喜ぶことはなかった。
むしろ、疑いを抱くことになった。
なぜ、そのような特権が与えられたのか。それだけ人手不足、という考え方もあったが、それだけではないように思えていた。
護たちは、昼食の席でそのことについて話し合っていた。
「どう思う?俺たちのこの待遇」
「怪しさ全開って感じね……いくら、模擬戦闘で術者全員を倒したからって、これはないは」
「……何か、狙いがあるってこと?」
明美の言葉に、桜は首をかしげながら問いかけた。
その問に、明美は首を横に振って応じた。
何が狙いなのか、そこまではわからないようだ。
「……狙いは、俺、かな……」
心当たりがあるかのように、護はポツリとつぶやいた。
勇樹と桜、そして月美はその言葉に、護の方へ視線を向けた。
護を含め、その場にいた全員、心当たりがないわけではない。
表立っているわけではないが、いま、陰陽寮の勢力が二分化していること。そして、そのうちの一派は妖に対し、強い憎しみの念を持っていることは、噂として流れていた。
無論、その噂は護たちの耳にも届いていた。
そして、護は、いや、土御門家の人間は数千分の一以上の割合まで薄れたとは言え、妖の、葛葉姫命の血が流れている。
そして、護はその血を色濃く受け継いでいる、先祖返りだ。
おそらく、一番の討伐の対象となり得るのは、護だろう。
「けど、まさか白昼堂々、お前を殺しにかかるなんてこと……」
「だから、なんだよ。この特例は」
「……任務、しかも戦闘って状況なら、誰がどんな状況で死んだかなんて、わからない」
それこそ、護とその周辺にいる、妖とつながりのある可能性が高い術者を、誰にも気づかれずに一掃するには、ちょうどいい環境だ。
半ば絶望的のように思えるが、護と勇樹は不敵な、そしてすべてのどす黒い感情がこもった笑みを浮かべていた。
「……なら、それを利用しない手はないな」
「連中に一泡吹かせて、護を逃がす。いい環境が整ったじゃないか」
数日後。護たちに江戸城潜入の任務がくだされた。
任務は、主に二つ。城内探索と、あわよくば、九尾を討伐することにあった。
つまり、現場の混乱はほぼ確実と言っても良かった。
「……連中のことを自分で調べるチャンス、かな……」
「よく見れば、そうだな……ここも、寂しくなるな」
任務の概要、集合時間、部隊編成その他。ブリーフィングを終えて、護と勇樹は陰陽寮の屋上にいた。
二人を挟むように、急須と湯呑が置かれていた。
「おいおい、年寄り臭いこと言うなよ」
「本当のことさ……俺は、ぎりぎり人間だけど、人外に近い存在だからな」
「俺がいなかったら、いや……皇でさえも、お前を理解してくれない、か……」
「……ま、そういうことさ」
勇樹は手元にあった湯呑を持ち上げ、緑茶をすすった。
他人に理解されない、理解され難い存在。
それは、四大精霊全てと契約した、勇樹も同じことだった。
根本こそ、護とは違っているが、勇樹もまた、人外に近しい存在だ。だから、あの選抜メンバーに選ばれたのだろう。
「……月美のこと、頼むぞ」
「……時々、会ってやれよ……お前の穴は、お前にしか埋められないだ」
「わぁってるよ……」
半妖であっても、人と同じ心を持っている。だからこそ、人と紡いだ絆を断ち切ることはできない。
それが、そばにいたいと最も強く願う存在であればあるほど。
護はそっと微笑み、手にしていた湯呑を置いた。
その翌日。
護たちは江戸城に潜入した。
そこで九尾が率いる妖たちと一戦交えたが、江戸城奪還までには至らず、失敗に終わった。
それだけならば、まだいいのだが、支払った代償は大きかった。戦死者、行方不明者を含め、陰陽寮は多くの術者を失った。
その中には、土御門護の名も記されていた。




