八、
突然の決定により、護は陰陽寮にある訓練場に立たされていた。
この戦闘訓練は訓練生全員に課せられた課題のようなものであったが、一対多数の戦闘を行うということなので、この場にいるのは護一人だった。
多数といっても、それほど多くの職員はこの模擬戦に割いていないらしく、護の目の前にいる術者は二人だけだった。
それも、かなり殺気立っている。
「……式神、出していいんだよな?」
ぽつりと呟き、まっすぐに相手を見据えた。
面倒くさいからさっさと退散したいというのが、本音だったが、実のところ、ここで戦ってはいけない、と頭の中で警鐘が鳴り響いているのだ。
おそらく、吉江はこの戦いで護を半妖化させ、その戦闘力を図ろうという腹積もりなのだろうが、そんなことをすれば、陰陽寮内に余計な混乱を招くことになる。
そして、妖に関わる存在を快く思わない職員は、護を排斥しようとするだろう。
それだけなら、まだいい。しかし、護を討伐するためという目的だけで、月美や清たちが巻き込まれる可能性があるというのは避けたい。
それを考えると、この模擬戦を断るわけにはいかなかった。
「それでは、これよりこの模擬戦内の規定を説明する」
――ま、そりゃあるだろうな。模擬戦って体裁をとっている以上
護は突然現れた監督員らしき職員の声を聞き、そっとため息をついた。
職員の説明によれば、今回の模擬戦闘は戦使のみではなく、戦闘職員が直接戦闘を行うことになっているようだ。
そして、形式は実戦と同じものにするため、戦術と使用する武器及び術式は本人の自由となる。ただし、万が一を考え、身体に術か武器による攻撃が命中した場合、身代わりとなる形代が破壊される。
この形代は、両者に三つずつ用意しているため、これが全て破壊された時点で試合終了とする。
早い話が、死なないように残機を用意したから遠慮なく現実世界で格闘ゲームをやれ、ということらしい。
――なんだか、随分と雑な説明だな、おい……
決して、声には出さず、護は説明を行った職員に文句をたれた。
もっとも、実戦に近いと、「ルールがあってないような状態」での模擬戦なのだから、そうなるのは必然であり、致し方ないことなのだが。
そんなことを思っていると、監視員が右手を高々とあげた。
それを見て、護と相手になる職員は身構えた。
「……始めっ!」
右手が振り下ろされると同時に、監視員が高らかに試合開始を宣言した。
その瞬間、護は地面を蹴り、その場から後ずさった。
そのすぐあと、護が最初に立っていた場所に光の矢と火球が着弾し、地面を焦がした。どうやら、先制攻撃を許してしまったようだ。
しかし、先制攻撃をされたくらいで動揺するほど、護の心は弱くない。
攻撃術を回避して、護は懐から符を取り出し、彼らに向かって投げつけた。
符はまっすぐ職員に向かっていく。そんな様子を気にすることなく、護は印を結び、封縛の言霊を紡いだ。
言霊を紡ぐと、符から鎖が飛び出し、職員に向かって伸びていく。職員はその鎖を弾き、護に向かって何枚かの符を投げつけた。
全ての符は光に包まれ、猛禽へと姿を変え、飛びかかってきた。
「……紅葉!」
すべてを避けきれないと判断し、護は五色狐を呼び出した。呼び出された瞬間、空中から現れた赤い体毛をした子狐は護の右肩に降り立ち、その顔を護の頬にすり寄せた。
「頼むぞ、紅葉」
少し、くすぐったそうに微笑んだが、すぐに表情を切り替え、護は右手を掲げながら、紅葉に語りかけた。
紅葉は右肩から右腕へ移動し、光の猛禽たちに目を向けた。
その瞬間、紅葉の体毛がぶわりと逆立つと同時に、体が炎に包まれた。護はなんの躊躇もなく、燃え盛る紅葉の体に左手で触れ、霊力を流し込む。
その瞬間、紅葉に点っている炎は先ほどよりも盛んに燃え上がった。
「……放てっ!」
護の号令とともに、紅葉は遠吠えをした。
その瞬間、紅葉がまとっていた炎が狐の姿を取り、猛禽たちに飛びかかった。
炎の狐が通り過ぎたあとに猛禽たちの姿はなくなり、符が灰となり、空中に舞った。
「……青風、黒月、白桜、黄蓮、翡翠」
護は自分が使役している式神たちを呼び出し、霊剣を抜き放った。そして、神通力を、肉体が変質しない程度に解放した。
――封縛術程度では……終わりそうにないか……
ここまでの攻防で、相手は殺す気でこちらに向かってきているということがわかった以上、傷つけないようにするという考えは捨てなければ、妙な評価が付きかねない。
なにより、護自身、喧嘩を売られて買わないほど、穏やかな人間ではない。
売られた喧嘩は、確実に買う。そして、いかなる手を使っても、勝利する。
なにより、死にいたらしめるほどの攻撃も、形代が肩代わりをしてくれるから、気にすることなく攻撃をしても構わない、ということだ。
無論、無闇矢鱈に攻撃するわけではないし、極力、感情は殺す。戦いの中に生まれる感情は、人の心を陰の側へと引きずり込まれやすくなってしまう。半分が妖とは言え、護も人間だ。
そして、陰陽師が陰の側へと身を落とせば、それは妖とほとんど変わらない。まして、護は先日、十二天将を配下にした陰陽師だ。
十二天将まで、神までもが陰の側へと落ちるのは、ある意味で妖よりもタチが悪い。
堕ちた神は、妖と呼ぶには生ぬるい通力を持っている。それこそ、天災と呼ぶにふさわしい。
だからこそ、主である自分が落ちるわけにはいかない。
「翡翠と黄蓮は待機、白桜と黒月は右、紅葉と青風は左のを頼む!」
護の号令と同時に、四匹の狐はその場から駆け出し、それぞれが指示された術者の方へと向かっていった。
駆け出したと同時に、狐たちは光に包まれ、成獣の姿へと変わっていた。
護自身の霊力が強くなったため、神狐である彼らの通力も本来のものに近づいた結果だ。
「式神か……なら、こちらも!」
術者は向かってくる狐たちに動じることなく、自分の式神を呼び出し、狐にぶつけた。
式神同士が激突し、術者の補佐なしでの戦いが始まったが、戦闘はそれだけにとどまるはずがない。
式神たちが激突している間、術者は印を結び、あるいは何枚かの符を投げつけ、言霊を紡ぎ始めた。
「臨、兵、闘、者、皆、陣、列、在、前!」
「火気招来、急急如律令!」
九字の言霊は刃に代わり、投げられた符には炎が灯り、真っ直ぐに護の方へ飛んでいった。
しかし、護はそれを防ごうとしない。
術が護に命中する前に、翡翠が護と術の間に立ち、合掌し、言霊を紡いだ。
「この身は我が身にあらじ、神の御楯をかざすものなり!」
翡翠が言霊を紡ぎ、柏手を打つと、不可視の障壁が彼女の前に現れ、刃と炎を阻んだ。
その後ろで、護は目を閉じ、不動明王印を結び、言霊を紡いでいた。
「……黒月、青風!!」
黄蓮の叫びとともに、黒月と青風は天に向かって遠吠えをした。
その瞬間、黒月の周辺からは霧状の雨が、青風の周辺では旋風が吹いてきた。
雨は徐々に風に巻かれ、雲を作り上げた。普通の雲ではない。雲の色もそうだが、雲の隙間だから、時々、白い光と、ごろごろという音が響いている。
それらを聞いて、この場にいる術者全員が気づいた。
この雲は、雷雲だということに。
「謹請不動明王、怨敵討伐、百鬼退散!」
言霊を紡ぎ、不動明王印を解き、刀印を結び、天と地にその鋒を向ける。
その瞬間、雲から漏れ出ていた光はより一層強い閃光を放った。
「雷華招来、急急如律令!!」
雷神召喚の言霊を紡いだ瞬間、雷雲から二筋の雷光が術者たちに伸びていった。




