七、
翌日。
護は目を覚ますと、違和感を覚えた。
いつも以上に、空気が澄んでいるような、そんな感覚があった。
注意深く気配を探っていくと、十二天将の神気が近くにあることを感じた。どうやら、護が今いる場所と多少「ずれた」位置に控えているようだ。
――そうか……俺は十二天将との契約を引き継いだんだったな
護はそれを思い出すと、なぜか右手を見つめ、握りこぶしを作った。
そして、何かを決意したかのように、護は着替えをはじめた。
「……さて、と。行くか」
護はポツリと呟き、部屋をあとにした。
彼のあとに十二天将の気配が続いていたことは、言うまでもない。
護が指定された場所まで行くと、なぜか人ごみが出来ていた。
「あ、おはよう。土御門くん」
「おはようさん……この人ごみは何さね?」
声をかけてきた女子に挨拶を返し、護はこの人ごみができている理由を尋ねてみた。
女子は困ったような笑みを浮かべながら、答えてくれた。
「うん……本格的な実戦訓練が始まるみたい」
「今までのも十分本格的だったと思うが?」
「あぁ、うん……そうなんだけど、今度は戦闘用の式神じゃなくて妖とか妖精とかが生息している場所でやるみたい」
つまり、陰陽寮が管理する施設内で行うのではなく、屋外でより実戦に近い訓練を行うということらしい。
――臭うな……
何も、今この時期により実戦的な訓練を行う必要はない。
こういっては元も子もないが、実戦訓練に人員を割くくらいなら、いっそ裏鬼門の封印と皇居奪還のために人員を割いたほうが賢明だろう。
いや、吉江のことだから、そのことをわかっているはずだ。
何か、策があるということなのだろう。
「……ちなみに、どうなってるんさ?」
「えっと……実際に見たほうが早いと思う」
護の問いかけに、彼女はため息をつきながら、そう答えた。
言われたとおり、護は人ごみの中に分け入り、彼らの視線の先を見た。
そして、そこにあったものを見て、護は驚愕した。
「……どういうことだよ」
その内容は、「実戦に近い模擬戦闘」だった。
それを仕掛けた吉江は、悠々と朝の紅茶をすすりながら徐々に復興しつつある街を眺めていた。
その後ろには、翼と保通がいた。最も、二人の、特に翼の表情は非常に険しいものになっていたため、朝の穏やかな雰囲気というものは、とてもではないが感じられなかった。
「どういうことか、説明してもらおうか……事と次第によっては、この場で君を攻撃することも厭わないぞ……」
先に口を開いたのは翼の方だった。
その声音は、静かではあるが明らかに怒気を孕んでいた。
彼の部下と、彼と付き合いの長い人間はそれだけで、翼がかなり立腹していることに気づくだろう。
無理もないといえば、無理もない。
一応、訓練生全員が模擬戦闘を行うことになっているが、その本当の目的は、半妖化した護の戦闘力の把握にあるということにあったのだから。
「……私としても、説明をしてもらわなければ、こちらの職員を回すことはできませんよ」
翼をフォローするように、保通は吉江に宣言した。
ただでさえ、陰陽寮は人手不足なのだ。
少しでも多くの戦力が必要である現状、半妖であるとはいえ、吉江の気まぐれに人員を割く余裕はない。
そうでなければ、前回の大規模作戦で半人前の彼らを実戦投入するということはありえなかったのだから。
「『相応の理由がなければ、これ以上、あなたの暇つぶしに付き合うことはできない』、ということかしらね」
「別に暇つぶしとは言っていない。しかし、いくらなんでも護くんを相手にした集団戦闘というのは、やりすぎではないかと言っているんだ」
「……翼さん。あなたは自分のご子息の力量に興味はございませんの?」
保通との会話を急に打ち切り、吉江は翼の方へと目をやる。
その目は、激しい怒りに燃えていた。
肉親が、図らずも実験台にされそうになっているのだから、当然といえば当然なのだが。
その目を見て、吉江は、そっとため息をつき、翼に真意を告げた。
「……正直なところ、護くんの戦闘能力は未知数だから、把握しておきたいのよ」
「それなら、戦闘用使役……戦使を利用すればいいだろうが」
「そうもいかないわ。戦使はあくまでもロボットのようなものよ」
あらかじめ、プログラミングされた動きしかできない。
ある程度の戦術を身につけさせるための訓練に使用するには十分だが、個人の"全力"を図るには、不確定要素が必要になる。
その不確定要素を加えるには、知的生命体、同じ人間が相手をする必要があった。
「……なにより、このままいけば陰陽寮は二分化するわよ」
吉江が言っているのは、おそらくここ最近で生まれた派閥のことを言っているのだろう。
妖を撲滅して人間中心の、以前の社会を取り戻そうとする武闘派と、人間の認識を改め、妖と共存する社会を築こうとする穏健派。
二つの派閥の間にある相違は、護に対する認識にも差を生み出すことになる。
今のところは、護自身が自身の霊力と月美の霊力で神通力を封じ込めているためか、よほど注意深く探らなければ、護が半妖であるとは気づかないだろう。
しかし、仮に、|護が半妖であるということ《この事実》が明るみになれば、武闘派の人間は護を危険因子として認識するだろうし、穏健派は自分たちの理想の象徴として祭り上げるだろう。
それを避ける必要はあるが、あえて護に模擬戦を行わせることで、人間なのか、半妖なのかという疑念を抱かせることで、両者に護を監視させるという形を作ろうとしているのだろう。
早い話が、護を犠牲にして、しばらくの間、派閥同士の闘争を避けようという狙いなのだ。
「……組織の長ゆえの判断、か……了解はしよう。しかし、私は反対だったということは」
「了承するわ。それじゃ、始めましょうか……」




