四、
青龍たちからの試練を乗り越え、彼らと契約の第一段階として、違えることなく名前を呼んだ。それはいい、それはいいのだが。
「……」
なぜか護の心はすっきりしなかった。
理由は唯一つ。これでいいのか、という疑問だった。
先程の場とは違い、十二天将からの問いかけがない。ただ単純に、実力を示すだけということは考えにくい。
何か、裏があるのでは。
そう思い、身構えていたが、青龍たちから問いかけが始まる気配はなく、護を静かに見下ろしているだけだった。
「……何もないのか?」
「今の戦いで、十分だ。お前の心を知るには、な」
拘束を解かれた白虎は、からからと笑った。
そんなものなのか、と護は心の内で白虎の言葉にツッコミを入れた。
だが、そんなことを言っても、本人たちが、そうだ、といっているから、いいのだろう。
「では、次が最後になるだろうな。」
「もう、ある程度の予想はついてるけど、な……」
護はそっとため息をついて青龍の言葉に答えた。
ここまで、全ての場には法則があった。それは陰陽道に関わりのあるものだ。
そして、その場に現れる天将の中には必ず、四神の一柱がいた。それは、四神相応に基づいていた。
今まで出てきた天将のうち、四神の名を持つ天将は、玄武、白虎、青龍の三柱。
このままいけば、おそらく、いや確実に朱雀と対面することになる。
問題は、その時の彼らの対応だ。
――正直、霊力はもうほとんど残ってないんだよなぁ……
四人の十二天将を一度に拘束するのは、やはり無理があった。
なにより、神の末席に名を連ねる彼らに、退"魔"術が何かしらの効力があるとは思えない。
――まぁ、考えていてもしかたない、か
結局、そういう結論に至り、護は次なる場所へと転移させられた。
護が次に飛ばされたのは、予想通り湖だった。
「……巨椋池じゃない、よな?さすがに」
「そんなわけないだろう。ここは仮にも異界だぞ」
護のつぶやきに答える声がした。
声がした方向を見ると、そこには、護にとって最も縁が深い十二天将、火将の朱雀がいた。
護は、彼の名前を呼ぼうとしたが、思いとどまった。護が彼の、朱雀の名を呼ぶのは、試練を乗り越えたときという、暗黙の了解があったから。
「……はじめるか」
「あぁ……いくぞ。陰陽師よ」
朱雀は腰に収めていた長刀を抜き放ち、護に向かってきた。
護はその斬撃を霊剣で防ぎ、受け流した。正直、剣を振り回す力も霊力もほとんど残っていない。
これ以上、何かしらの術を使うことができるとすれば、それは神通力を使った術だけだ。
――やるしかない、か……
護は心の内でそう呟き、刀印を結び、目を閉じ、意識を自分の内側へと集中した。
その目に映るのは、魂の最奥に眠っている神通力の炎。そして、それを抑えている封印の鎖。
「……遠祖神笑み給え、寒言神尊利根陀見、祓い給い、浄め給う!急急如律令!!」
三種祓を唱え、封印の鎖を解放する。
その瞬間、護の体は白い炎に包み込まれた。
しかし、炎は一瞬で静まり、炎の中から護が姿を現した。だが、その髪は黒々としたそれではなく、先ほど護を包んでいた炎と同じ、白へと変わっていた。
そして、空いている手には、いつの間に持っていたのか、狐の面があった。
護はそれをかぶり、再び、朱雀と向かい合った。
その瞬間、朱雀は護から圧倒的な威圧感を覚えた。
――この威圧感……いや、妖力、と呼ぶべきか……晴明のときと同じだな
護が今はなっている威圧感、かつて、晴明と契約を交わした時にも感じたものだ。
しかし、今目の前にいるのは晴明ではない。新たに契約を結ぼうとしている、晴明の子孫だ。
だが……手加減をするつもりはない。
朱雀の目に殺気が宿り、手にしていた長刀には炎が宿った。
「疾っ!!」
朱雀は手にした刃を閃かせた。その刃は護の首を正確に狙ってきていた。
しかし、その一閃は狙い通りに首を飛ばすことはなかった。
その刃は、護が手にしていた霊剣に受け止められていた。
「……うまく避けろよ……」
そう呟いて、護は長刀を受け止めたまま、一気に朱雀との間合いを詰めた。
そして、長刀の刃を受け流し、朱雀を切りつけた。
しかし、その一閃も狙い通りにはならなかった。
護の霊剣を受け止めたのは、鎖だった。鎖が伸びている先をたどり、そちらに視線をやると、そこには短いが、鮮やかな金髪をした女性がいた。その手には、護の霊剣を絡めている鎖が握られていた。
「……しゃらくさい!」
護は空いた手を女性、勾陣に向けて、手をかざした。
その瞬間、とてつもない圧力が女彼女に襲いかかった。
「くぅ!!」
勾陣は抵抗することができず、吹き飛ばされた。
だが、同時に霊剣も一緒に引っ張られ、護は思わず霊剣から手を離してしまった。
その瞬間、得物を失った護に向かって、朱雀ともうひとり、新たに現れた天将が猛攻を仕掛けてきた。
護は長刀と槍の連撃の嵐を回避しながら、どうにか霊剣を取ろうとしたが、それを許す彼らではなかった。
回避し続けていた護の足に、霊剣の刃を絡めていた鎖が巻きついていた。
護は再び懐に手を伸ばし、符を取り出した。しかし、その枚数は四枚だけだった。
「……仕方ない、か!」
護は向かってくる闘将との戦闘を最優先と考え、朱雀と天将に向かって投げ、刀印を結び、言霊を紡いだ。
「怨敵封縛、急急如律令!!」
護の言霊に呼応して、符は光を放ち、互いを光の紐でつなぎ、網を造り上げ、二人の天将を絡め取った。
しかし、朱雀は手にした長刀で網を切り裂き、拘束から逃れた。拘束から逃れた朱雀は、護の脳天めがけて、長刀を閃かせた。
「禁っ!」
しかし、護は一文字を地面に引き、短く言霊を紡いだ。その瞬間、不可視の壁が長刀を受け止めた。
護はその一瞬で、勾陣の方向へ向かって走り、霊剣を拾い上げた。




