九、
《この場に来た以上、命の保証はないとわかっているだろうな?》
将門の言葉に答えてなのか、境内にはいつのまにやら、戦装束をまとった落ち武者たちが現れた。
「勇樹、打ち合わせ通りに!」
「オーケー!!」
護の言葉に答えて、勇樹は落ち武者たちに向かっていった。
「月美!」
「はい!!」
護の呼びかけに答えながら、月美は符を一枚取り出し、短く言霊を紡いだ。
その瞬間、符から白い煙が現れ、月美の手には神楽鈴が握られていた。
「謹んで勧請奉る、御社なきこのところにも降臨鎮座したまいて……」
護が祝詞を紡ぐ間、月美は鈴を鳴らしながら、くるくると舞い始める。その動きに合わせて、月美の持っている鈴は、シャン、シャン、と鳴り響いた。
神官が祝詞を唱え、巫女が神楽舞を納める。それは、神を降臨させるための儀式に類似していた。
《……させるか》
将門は護たちが何をしようとしているのかを察したのか、落ち武者たちに命じて護たちのいる方へ向かわせた。
だが、それを察した桜がアルラウネを召喚し、その進路を妨害した。それでも、数が多かったのか、何体か妨害を乗り越えてこちらにやってきた。
「……神命を得たるものよ、除災を得たるものよ……」
それでもなお、護は祝詞の奏上を止めることはなかった。祝詞を紡ぎ続けながら、懐から符を五枚取り出し、空に向かって投げる。
その符は光をまとい、狐の姿へと輪郭を変える。そして、五匹の狐が護と月美の周囲を囲むように地面に降り立った。普段ならば、自分たちが何をするべきなのか、指示を仰ぐのだが、彼らは瞬時に状況を判断し、向かってくる落ち武者に攻撃を仕掛けた。
護と月美は、なおも舞と祝詞の奏上を続けた。将門は亡霊では止められないと察し、自分の腰に佩いている太刀を抜き放ち、護たちの方向へ向かっていった。
「させるかぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
勇樹は将門が向かっていった方向へ拳を打ち出した。その瞬間、拳圧が衝撃波となり、将門へ向かっていった。
「シルフ!!」
勇樹の叫びと同時に、体が翡翠色の光に包まれた。光が止まると、勇樹は地面を蹴り、将門の向かった方向へ飛んだ。将門の背中が近づいた瞬間、勇樹は空中で器用に体をひねり、将門の背中に蹴りをいれる姿勢に入った。
《ぐっ!!》
突如、将門の背中を衝撃波が遅い、将門は少し苦しげなうめき声を上げた。それと同時に、勇樹の蹴りが、将門の背を襲い、元々向かっていた方向とは別の方向へ飛んでいった。
「ウンディーネ!!」
将門を蹴り飛ばし、着地した瞬間、勇樹はウンディーネの名を叫び、将門の方へ手をかざした。その瞬間、将門の体を水球が包み込み、動きを止めた。
《調子に、乗るな!!》
水球の中で、将門は怒号をあげながら太刀を閃かせ、水球を切り裂いた。そして、狙いを勇樹に変えたのか、今度は勇樹の方へと飛んでいった。
一気に勇樹との距離を詰めて、その首を狙い手にした太刀を閃かせた。勇樹はその一閃を回避し、太刀を握っている手を狙い、拳を突き上げた。が、将門はその一撃を回避し、体勢を低くし、その状態から切り上げた。
「くっそ!!」
勇樹は悪態づきながら、地面を蹴り、太刀の一閃を回避しようとしたが避けきれず、その一閃は勇樹が着ていたスーツを切り裂いた。
「……イフリート!!」
攻撃を避け、息を整えた勇樹がイフリートを呼んだ。その瞬間、勇樹の全身が陽炎に包まれた。
相当な高熱に包まれているのだろう。勇樹の足元にあった落ち葉や境内の石畳は焦げていた。
《なるほど、炎の大精霊か……さすがにこのままでは、太刀が使い物にならなくなるだろうな》
将門はそう言うと、抜身のまま太刀を握り、切っ先に向け、その手を動かした。当然、刃は皮膚を切り、肉を裂き、血が溢れ出ていた。しかし、将門は顔をしかめたまま、何も言わず、愛刀を自らの血で紅に塗り上げた。
その刃からは、瘴気とも呼べるほど、禍々しい気配が立ち上っている。その刃の影響を受けてなのか、将門の顔はこれまで以上に、禍々しい気配を発していた。
「……」
勇樹はその気配に一瞬だけ飲まれそうになったが、気を取り直し、身構えた。が、その時には既に将門はすぐ目の前まで間合いを詰め、太刀を閃かせていた。
「……ちっ!」
それを間一髪で回避したはいいものの、イフリートの炎熱の衣は、|太刀から身を守ってはくれなかった《その役割を果たせていなかった》。本来ならば、鉄は溶けて使い物にならなくなるはずなのだが、将門の太刀は勇樹の体を捉え、脇腹から首の皮膚が一文字に切り裂かれた。
――「炎熱の鎧」を貫通した、か……
勇樹は何が起こったのか分析しながら、将門が手に持っている太刀を見た。
刃をよく見ると、今、将門から流れてきている怨念にも似た気配が感じられた。どうやら、この怨念が鎧を貫通させたようだ。
「やれやれ……厄介だな」
《貴様らとて、同じであろうに》
「まぁ、人間だからな……それに、もうそろそろ終わる」
勇樹は不敵に微笑み、護たちのいる方をみた。その視線に釣られ、将門も護たちのいる方を見た。
その視界に、護と月美が神楽舞を奉納している様子が目に入った。いや、既に奉納は終わったようで、祝詞の言霊は既に紡ぎ終えていた。
それが証拠に護はその手に四枚の符を取り出し、祓えの言霊を紡いだ。
「この術は凶悪を断却し、不祥を祓除す。あまたの諸仏に帰依し奉る、除災の星宿に!」
護はそこまで言霊を紡ぐと、将門の方へ向かって符を投げ、印を結ぶ。
結ぶのは、不動明王印。そして、紡ぐのは夜叉明王呪。四方を守護する、明王たちの言霊。
「東方降三世夜叉明王、西方大威徳夜叉明王、南方軍荼利夜叉明王、北方金剛夜叉明王!」
その名を呼んだ瞬間、将門に投げられた符が光り輝き、将門の周りを取り囲んだ。
光に取り囲まれ、これから何が起こるのか理解した将門は、負けを認めたかのように、太刀についた血糊をぬぐい、鞘に収めた。
《……みごとだ》
「降臨せよ、清めたまえ、砕破したまえ!禍き気を打ち払いて、いでよ!!平将門命!!!」
将門の言葉を無視し、護は刀印の鋒を天と地に向け、この地に呼び出す神の名前を叫んだ。
神とはすなわち、和御魂。そして、神田明神に祀られている神の一柱は平将門。
怨霊となっている将門を止めるには、和御魂をその身に返し、陰と陽の均衡を取り戻すことが最良と考え、神を呼ぶための場を清め、その上で和御魂を呼び寄せ、荒御魂と引き合わせた。
その目論見は的中し、妖側の勢力を減らすことができたのだ。
今回の戦いは、陰陽寮の勝利に終わった。




