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陰陽高校生 大戦記  作者: 風間 義介
六章「顕現せしは大妖の群れ」
64/128

九、

 護と月美、勇樹と桜、そして清と明美がそれぞれの場所で戦闘訓練を受けていたとき。

 妖の群れによって壊滅寸前の状態までになってしまった東京で、一人の修行僧のような格好をした人間がいた。

 その人間は、目の前の建造物を見張っていた。

 その建物から、悲鳴が聞こえてくる。具体的な規模はわからない。だが、老若男女問わず、様々な層も音が聞こえてくる。

 ――本当に全く、あの建物の中で何が行われているんだ?

 修行僧は懐から一枚の式符を取り出し、そっと息を吹きかける。

 すると、式符はかさかさと彼の手の上で動き、蜘蛛へと姿を変え、かさかさと動きていく。蜘蛛は見張っていた建物の入口へと歩いていき、壁を伝い、窓から中に侵入した。

 その様子を見届けた修行僧は、周囲を警戒し、そそくさとその場をあとにした。

 適当なタイミングで、あの式を呼び戻し、そこで記録してきたものを見ればいい。今はとにかく、この地から一刻も早く抜け出すことを優先したかった。


 式が放たれた建物の中は、筆舌し難い光景が広がっていた。

 いや、一階部分は特に問題はない。キリスト教の教会を思わせる作りの大聖堂があるだけだった。問題なのは、その下に広がっている空間だ。

 地下に広がる空間、そこには多くの女性が鎖につながれ、吊るされていた。鎖は両手、両足、そして首に付けられている。

 ひたひたと、人間のそれではない足音が聞こえてくる。蜘蛛はその正体を正確に捉えていた。

 体型は、人間のそれに近い。だが、人間ではない。それを最も強く物語っているのが、それの皮膚についた、ウロコのようなひび割れだ。そして、その顔は人間のそれではなかった。

 目は不自然に離れ、鼻は潰れている。そしてその唇は厚く、耳元まで伸びている。首元にはえらのようにみえるひび割れがある。

 半魚人は、ひたひたと音を立てて、その場を離れた。

 この異形たちがこの場で何をしていたのかは、吊るされている女性を見れば、一目瞭然だった。

 縛られた女性の一人が、苦しそうなうめき声を上げている。その額には、脂汗がじっとりと滲み、顔は苦痛に耐えるかのように歪んでいる。

 彼女の腹を見てみれば、その様子になっている理由がわかった。

 孕んでいる。

 おそらくは、先程歩いて行った異形とのあいだの子供を。

 蜘蛛はこの場にとどまる理由はないと判断し、更に下の階層を目指した。

 第二の階層に行くと、そこには大量の水を湛えた、巨大な井戸があった。まるで、東京の水道水を全てここに集めたかのようだ。

 その井戸の中には、何かがいた。

 水底に沈んだそれは、ぐるぐるとその場を回っている。まるで、その上から(生贄)が投入されるときを待つかのように。

 「……」

 蜘蛛はその様子をしっかりと記憶し、再びかさかさと移動し、建物の外へと移動した。

 蜘蛛が立ち去ったあと、魚の異形がひとりの人間の男性を引きずって井戸の淵まで歩み寄った。そして、その場所に無造作に落とされていた鎖を男に結びつけ、別の場所に垂らされていた鎖を引っ張る。

 すると、男は井戸の真上へと釣り上げられる。

 異形は持っていた鎖を手放し、井戸の中へ男を落とした。その瞬間、ばき、ごきという硬い何かを噛み砕く音が聞こえてきた。その音が響いている間、井戸の水面は赤黒く染まった。

 井戸の中に潜む巨大な何かは、満足したかのようにその狭い空間で、ぐるりと一周すると再び奥底へとその体を沈めた。

 その様子を見届け、魚の異形はその場をあとにした。


 蜘蛛が探索した部屋とは別の部屋。いや、別の位相というべきだろうか。そこには、この異形どもを統べる存在がいた。

 濁った湖のような色をした、泡のようないぼを持つ肌。鎌のような、鋭い鉤爪。悪魔のそれを思い起こされるコウモリの翼。タコの腕のような触手を垂れ下げた顔。そして、その巨大な体躯。

 悪魔、と呼ぶには十分すぎる、圧倒的な存在がそこにいた。

 ひたひたと、その存在に近づく足音が聞こえる。

 その方向に目をやると、赤い肌をした人間がいた。いや、人間ではないことは、その額に伸びた二本の角と人間ではありえない巨体。そして、口元から伸びている牙。

 人がその姿を見れば、彼を「鬼」と呼ぶだろう。

 「……やれやれ、眠っているのか起きているのか、本当にわからない奴だな。あんたは」

 《……酒呑童子、といったか。なんのようだ?》

 「いや何、部下どもが腹を空かせてしまってな。壊れたので構わないから譲ってくれないか?」

 《かまわん。持っていけばいい》

 脳内に直接響く声が、酒呑童子に答えた。

 その回答に、鋭い犬歯をむき出しにして笑った。

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