四、
九尾の背後から現れたのは、狐の大群だった。しかし、それらから感じ取れる気配は普通の狐のそれではなかった。
どうやら、九尾の眷属のようだ。
「やれやれ……勇樹、桜、頼むぞ」
「わかってるよ」
護の言葉に、勇樹はそっとため息をつき、桜に目配せする。桜は勇樹を見てこくりと頷き、手にしている杖を構える。
「……契約者の名において命ず、四大を司るものよ、我が前に現れその力を貸し与えよ!」
勇樹の言葉を受けてか、彼の足元に均等な距離で離れた四つの円とそれらの中心を通った円が描かれていた。四隅に配置された円は、それぞれ赤、青、緑、黄の四色に分かれて発光していた。
その円が、それぞれ四大精霊を召喚するための召喚陣であるということに気づくまでそう時間はかからなかった。
「いでよ、シルフ!ウンディーネ!ノーム!イフリート!」
勇樹が天に向かって手を突き出し、契約した精霊たちの名を高らかに叫ぶ。すると、魔法陣から放たれる光が強さを増し、光が滝のように円周から立ち上った。
光の膜の中に、影が見える。それは、筋骨隆々のたくましい巨人の姿をしたもの、小さな少女のようなもの、柔らかなドレスをまとったもの、小さな先端が尖った帽子をかぶった小人のようなものとさまざまだった。
光が止むと、その影の正体が姿を現した。
赤い光の膜から出てきたのは、炎を纏う巨人。緑の光の膜から出てきたのは、風を統べる少女。青い光の膜から出てきたのは、水蓮の乙女。黄の光の膜から出てきたのは、大地の小人。
全て、この世界の精霊たちを統べる、四大精霊だ。
「みんな、力を貸してくれ!!」
勇樹がそう叫ぶと、四体は光の球体となり、勇樹が身につけている手甲へと吸い込まれていった。
いままではひとつにつき、一体までしか憑依させることができなかったが、日々の鍛錬によって、ようやく四大精霊すべてを手甲に憑依させることができるようになったようだ。
「……桜!」
「はい!」
しかし、四大精霊を全て憑依させることへの負担は、やはり変わらぬものだったようだ。勇樹の叫びに、桜は言葉を返し、杖の先端を地面に突き刺す。すると、杖を中心に光が溢れ、魔法陣を構築した。桜の足元に敷かれたものと同じ魔法陣が、勇樹の足元にも出現した。
魔法陣から溢れた光が勇樹を包むと、体が少しだけ楽になった。この魔法陣の効力は、四大精霊のマナを、少しだけ桜が負担するというものだから、当然といえば当然だろう。
勇樹は腰を落とし、丹田に力を込め、細く息を吐く。引いた右腕に、風と水のマナが高ぶる感覚を覚えた。
「いくぜ!!」
勇樹は叫びとともに、右腕を九尾に向かって突き出す。
手甲から二つのマナが螺旋を描き、九尾に向かっていった。九尾の周囲に控えていた妖狐たちがその螺旋に飛びかかったため、九尾が傷つくことはなかったが、取り巻きは少し減ったようだ。
「おまけだ!!」
今度は左手の拳をアスファルトにたたきつけた。すると、そこから亀裂が走り、それは九尾の横にいる取り巻きの群れへと伸びていった。
巨大な獣が口を開いたかのような地割れが、妖狐を飲み込んでいった。
「なるほど……たしかに恐るべき力よ」
九尾は余裕綽々といった感じの声を出しながら、しかしその瞳は勇樹をしっかりととらえていた。どうやら、大半の眷属を失ったことに相当ご立腹のようだ。
「周囲の警戒がお粗末になってるぞ!」
勇樹の隣にいたはずの護の声が、自分の足元から聞こえてきた。
声のした方に視線をやると、そこには神狐の神通力の影響で、真っ白になった髪をした護がこちらへ走ってきていた。
その体は、神通力によるものなのだろう、陽炎のようなものが立ち上っている。走りながら、護は腰に取り付けていたポーチに手を伸ばし、符を何枚か取り出した。
「烈破!」
言霊を紡ぐと同時に、手に持った符を全て九尾に向かって投げつけた。
投げられた符は、光を放ち、猛禽類の姿を取った。光はまっすぐに九尾へ向かって行ったが、九本の尾がその進行を阻む。
「まだだ!!」
叫びながら、勇樹が護の背に手をかざした。その瞬間、護の背を強風が襲った。風は護を巻き上げ、その体をはるか上に放り投げた。
放り投げられた護は、空中で器用に体をひねって体勢を整え、九尾に斬りかかった。
「猪口才な」
九尾は護の刃を受け止めようと、尾を動かそうとしたが、何かが命中し、一瞬だけ反応が遅れた。見ると、弓を構えた黒髪の少女がこちらに視線を向けている様子が見えた。
どうやら、霊力を矢に変え、尾に放ったようだ。
「……敵ながら見事」
九尾がそう呟くと同時に、背中から胴体にかけて、鋭い痛みとともに一直線に熱がこもったことを感じた。護の刃が体を切りつけた。それを理解するのに、大して時間はかからなかった。
「なるほど、安倍晴明の血を受け継いでいるだけのことはあるな……お前ならば、我が軍門に下ることもできたであろうに」
「悪いが、俺は妖に仇なす人間が嫌いってだけで、人間が憎いってわけじゃない……お前さんの軍門に下るのも悪くないかもしれないが……」
俺はあくまで人間として、お前らと戦うことを選んだんだ。すまないが、輪廻の輪をくぐった先でもう一度、その話を持ちかけてくれ。
護はそう言って、霊剣を持ち替え、九尾の腹にむかって突き上げた。その右手は刀印が結ばれていた。
「雷電神勅、急々如律令!!」
護は高らかに、雷神召喚の言霊を紡ぐ。召喚に応じて呼び出された雷が、九尾の体に突き刺さった。それと同時に、霊剣に宿った神通力の炎が、九尾の体へと流れ込んだ。
神の光と神の炎が、同時に狐の大妖の体に入り込む。魔に属する存在にとって、これほど苦痛といえるものはないだろう。
九尾は叫びをあげ、黒い煙を体の所々から立ち上らせながら、気を失った。




