五、
明美が感じた嫌な予感は、本当のところは的中していた。
といっても、その予感はこれから起こる騒動に対するものだったのだが。
それは、唐突といってもいいほど突然に起こった。
「菅谷、お前聴いてるのかよ?!」
「……うるさい、黙れ」
「あぁ?!あんだとコラ!!」
匠の答えに、クラスの問題児が激怒し、胸ぐらを掴む。
周囲の人々は、それを眺めるばかりで、匠に救いの手を差し伸べようとはしなかった。いや、本心では匠を助けたいのかもしれない。だが、今巧みに掴みかかっている人物は、このクラス│階級のトップに君臨する生徒だ。
下手に手を出せば、今度はこちらが犠牲になる。それを恐れて、手出しすることができなかった。
一方、やられている匠は冷ややかな瞳を生徒に向けながら、何かをぶつぶつとつぶやいていた。
その言葉は微かにしか聞こえないが、それでも、この世のもの、いやこの世界に存在するどの言語にも相当しない言葉だということがわかる。なにより、聞いているだけでなぜだが心臓を握られているような、精神をかき乱されるような、とてつもない不快感を催すものだった。
その言葉にひるんだのか、男子は匠を乱暴に下ろし、舌打ちをしてからその場を立ち去った。
その様子を見て、匠はにやりと笑っていた。
その翌日から、月華学園には奇妙な雰囲気が流れるようになった。
何に、というわけではない。だが、何かに恐怖を感じているような雰囲気が、生徒たちのあいだに流れていた。もっとも、護たちのクラス、というより、受験という一大イベントを控えている三年生には特に影響はなかった。しかし、二年生以下の生徒は、その雰囲気に強く影響を受けているようだ。特に、匠が在籍しているクラスでは匠に対する恐怖が強く表れていた。
――計画通りだ
匠は自分に浴びせられる視線を感じ、自分がこのクラスの頂点にいることを確信した。匠はここに立つために、人としても道を外れた。
最初は三人の教師を、そして次はこのクラスに君臨していた男子生徒を、殺した。けれども、彼が裁かれることはない。いや、それ以前に容疑がかかることすらありえない、と匠は確信している。
なぜなら、匠が使った凶器は「呪い」だから。
科学的に証明できない存在を、立証することができないものを凶器に使ったと言ったとしても、警察は信じることはない。動機は確かにあるが、彼らの死亡推定時刻には、完璧なアリバイが存在している。
だから、匠が疑われることはあっても逮捕されることまではありえない。
――ここからだ。ここから俺はのし上がる
それこそ、この学園の影の支配者として。
匠の心中には、ただただこの学園を支配するという野望しか存在していなかった。
それゆえ、彼は気づかなかった。自分が何を代償として、この力を得ているのかに。
自分が、知らず知らずのうちに、這いよる混沌と契約を結んでしまっていたことに。




