四、
物事の始まりは、常に唐突。
予兆とは、あとになって気づくもの。気づいたときにはもう遅い。
今日も煙が立ち上る。戦いの炎と人の血しぶきと共に。
今日も狼煙が上がる。多くの怨嗟と悲しみと共に。
――そして戦士は戦いへと身を投じる。
その日、護と月美は怪しまれない程度に、呪具を持ち込んでいた。
月美も護と同じく、嫌な予感がしたのだという。
そのためなのだろうか、今日は護がわざわざ起こしに行かなくても、すでに目を覚まし、着替えを始めていた。そのせいで、護は月美の拳をみぞおちにもらってしまったのだが。
そして、そのことが原因ということまでは知らないが、今朝から二人のあいだに気まずい空気が流れていることに気づかない、親友二人ではなかった。
「……護、お前、月森と何かあったか?」
「……あったといえばあったが……黙秘権を行使させてくれ」
清の問いかけに、護はそっとため息をつき、机に突っ伏しながら答える。
実のところ、今朝のことはかなり堪えている。月美と恋仲になって、もう少しで一年経とうとしている。けれども、二人とも奥手ということもあり、あまり今朝のような場面に出くわすことに慣れていなければ、自分たちからそういう場面をつくることにも慣れていない。
そのため、仮に故意ではなかったとしても、月美の場合は拳か平手が飛んでくるし、護の場合は逃げの一手を使う。
「まぁ、お前さんがそう言うってことはどういうことがあったのかは大体想像がつくけど……お前らいい加減、一線を超えたらどうよ?」
清は月美の方を見て、そっとため息をつく。
ふたりの関係を知っている数少ない友人として、護に関係の伸展を勧める。
「……それができれば苦労はいらんよ」
その言葉を聞き、護はそっとため息をつきながら、答える。護としても、月美との関係を伸展させたいと思ってはいる。思ってはいるが、これ以上、関係を伸展させると分家に勘ぐられそうで怖い。
いや、それは言い訳なのだろう。
正直なところ、今の関係が壊れるかもしれないのが怖い。
「……まぁ、頑張れや」
「……見学者は気楽でいいな……」
清の励ましの言葉に、護はそっとため息をついた。
一方の月美も、明美にも同じようなことを話していたが、明美も同じようなことを話していた。
もっとも、月美の場合は護に見られたことを思い出し、再び赤面していたのだが。
その様子を、明美はにやにやと眺めていたが、ふと、背筋に何か嫌なものが這い回るような感覚を覚え、周囲を見回す。しかし、そこに何があるというわけはなく、ただただ、明美の背を這い回る奇妙な気配だけが、彼女の不安を煽っていた。
「……どうしたの?」
月美は明美の様子がおかしいことに気づき、声をかける。その表情はどこか不安げで、月美の顔は先ほどのものとは打って変わって、至って真剣なものになっていた。
「う……うん……ちょっと変な気配を感じて」
「変な気配?」
明美の言葉を聞き、月美は目を閉じ、その邪気や妖気の類を探る。
しかし、彼女の感じることのできる範囲に、怪しい気配は全くない。
「特にそんな気配はないけど……」
「え~?……そんなはず……」
明美はそう返し、周辺を見回すが、確かに怪しい気配を放ちそうな人物はいない。
もっとも、見鬼ではないため、妖や霊の類は見ることができないのだが。
――けれど、明美の勘って当たるんだよね……
それも、自分たちに危害をもたらすものに関する存在を察知することに関しては、陰陽師の直感並だ。
月美はそのことを思い出し、自分たちの身に何か良からぬことが起きるのかもしれないという予感を拭うことができなかった。




