三、
その晩、清と明美が帰宅した土御門家は、静けさが支配していた。
護と月美は、それぞれの自室にこもって勉強していた。
「……もう十二時か……」
護は部屋に置いていた時計に目をやり、現在時刻を確認した。長針と短針は「十二」の部分を指し示している。どうやら、かなり長いあいだ、机に向かっていたらしい。
「さて……寝るか……」
護は開いていたテキストをしまい、布団へと向かう。
その途中、ふと、六壬式盤が目に入る。
それをしばらくの間、じっと見つめ、数日前に起きた事件のことを思い出した。
「……寝る前に、一度占ってみるか」
護は式盤に手を触れ、そっと、円盤を回す。
からから、からから。乾いた音が、護の部屋に響き渡る。
しばらくのあいだ、護は乾いた音が響く部屋の中で、円盤を見つめていた。少しずつ、円盤が止まっていき、最後に中央に付けられた、北斗七星が描かれている円盤が動きを止める。
護は式盤を見つめ、はじき出された占いの結果を読み取る。
「これは……」
護は心の内で、読み取った結果を反復する。
読み取ったのは、海の向こうに存在する地からも、招かれざる客が来ているらしいということ。客人たちは「敵」と合流し、戦を仕掛ける算段をしているらしいということ。そして、それらの勢力とはまた別の、第三の勢力が存在していることだった。
いずれにしても、護にしてみれば、望ましい状況ではないのは確かである。
「……厄介だなぁ……」
護は式盤をしまいながらそう呟き、ため息をつきながら、布団に身を投げた。
そのまま、目を閉じ、意識を闇の中へと落としていった。
翌日。
護は朝日が完全に顔を出す前に目が覚めた。布団に潜っても、眠れそうにないので、そのまま窓の方へと歩を進め、外を見る。
なぜだろう、奇妙な胸騒ぎがする。
――嫌な予感がする
何か根拠があるわけではない。だが、見習いであっても、護は陰陽師だ。陰陽師の勘は、朝のニュース番組の最後に行われる十二星座占いよりも的中率ははるかに高い。
――今日は、符と数珠を持っていったほうがいいかもな……
護は普段、呪具をしまっている棚まで行き、持ち出しても怪しまれない程度の呪具を取り出し、カバンにしまい、戦支度を整える。
必要最低限にとどめることしかできないのがかなり歯がゆい。それは、昨晩の占いの結果がひっかかっているためなのだろう。
日本古来の妖怪、海外の妖怪、そしてどちらにも属さない「第三の勢力」。おそらく、その勢力が正体不明の存在、旧支配者を母体とするものなのだろう、というものが護の推測だ。護本人としては外れて欲しいと願っているのだが、その願いはかなわないものであることは、自分自身が一番よく知っている。
――けれど、逃げることは許されない……
葛葉姫命が、なぜ御使いを護の師範役に命じたのか。それは、こうなることを知っていたからだろう。そして、日本に霊的な危機が訪れたとき、土御門家の人間が率先してその危機を退けることが使命となっている。
若いながら、護も土御門家の人間だ。そしてなにより、葛葉姫命から直接、指名を受けたのだから、これで逃げました、というのははっきり言って避けるべきだ。
神の逆鱗に触れた人間の末路がどのようなものか、実際に見聞きしたわけではないが、想像するだけでも恐ろしい。そして、神の怒りの矛先は逆鱗に触れた当の本人のみならず、親戚や縁類にも及ぶという。
自分が逃げることで、月美にも危害が加わることは避けたかった。
「……よしっと」
支度を整えた護は、制服に着替え、隣の部屋で眠っているであろう幼馴染を起こしに向かった。
それが最後の習慣になるとは、この時の護と月美はまだ知らなかった。知る由もなかった。




