九、
護が携帯式盤をカバンにしまうと、月美が声をかけてきた。どうやら、事情聴取が終了したらしい。しかし、その足取りは重く、顔も疲弊している様子だった。
長い時間、質問攻めにあっていたのだから、仕方がないといえば仕方がない。
「うぅ……早く帰って寝たい……」
「おいおい……」
歩きながら、月美は奥底で望んでいることを口にする。その願望に、護は呆れたようなため息をついてしまう。無理もないといえば無理もないのだが、さすがに眠りたいと願うには、時間が早すぎる。
今夜は見回りをしないほうがいいのかもしれない。
護も、月美ほどではないが、たしかにさっさと帰って眠ってしまいたい気分だった。朝から、いや、深夜からほとんど動きっぱなし。そして、眠りたい気持ちを抑えて、学校に行けば、遺体を一度に三つも見てしまい、さらには事情聴取。
なんと言おうか、この一日で人生を二度も三度も経験したかのような印象を受けた。体力というよりも、精神力が疲弊しきっている。この状態では、まともに術を使うことも難しい。なにより、式占でかなり精神をすり減らしている。
これ以上、術を行使することは難しいだろう。
――未熟者め……
そっとため息をつき、護は、未だ自分の実力がまだまだであることを少し悔やんだ。
――やってやった……やってやったぞ!
帰宅して、すぐに自室の部屋にこもった│菅谷匠は手にした携帯電話を手にしながら、わなわなと震えていた。携帯の画面には、占いサイトのおまじない紹介ページが開かれていた。そこには、新しいおまじないとそれを行うための内容が紹介されているページが開かれている。
そこには、嫌いな人間に「痛い目を見させる」おまじないが記されていた。
――この、この力があれば……
匠は、この力があれば、スクールカーストの頂点にたつことも可能なのではないか、いや、それどころか月華学園を支配することも夢ではないと感じた。
――いや、このまじないだけじゃだめだ……もっと、もっと多くのまじないを
より恐ろしい、より強力なまじないが必要だ。自分がこの力を使って、頂点に立つためには。
そう考えながら、匠はくすくすと笑っていた。
その様子をはるか遠方から眺める人物がいた。それは。長身痩躯で漆黒の肌、それは、宮が管理する廃墟となった教会の地下に記されていた魔法陣の様子を見に行っていた男だった。
――ふふふ……やはり、人間の壊れていくさまは面白い
本来は、あの│旧支配者《邪魔者》を再度封印するために、そういった機関の人間を動かすだけのつもりだったが、人間がその足りない知能で作り上げた、インターネットという道具の中にある「占いサイト」というものを使って、少し遊びたくなってしまった。
当初は、自分を崇拝する人間たちを利用して、この道具を作らせ、それをばらまかせる。そして、どこにいるかわからない、機関が目をつけている若い芽を見つけ出し、自分の目的を果たそうと思っていたのだが、明らかに自分が目当てではない人間が、面白いことをやってくれた。
人間が壊れていく様、人間が人間同士を壊していく様。それを見ること、そしてそうなるよう仕向けることが彼にとって唯一の楽しみだ。
そして、目当ての人間が何かに感づいた。
――面白いことになってきたな
だが、まだ動く時ではない。今はまだ、自分が蒔いた種が芽を出し、花を咲かせ、実を結ぶことまでの様子を外野で眺めさせてもらうことにしよう。
私が動く時までに、事態はどう動いているのか。
男は口角を釣り上げ、狂気に満ちた笑みを浮かべ、その場から離れた。




