五、
結局、その日は学校が始まるまでの少しの時間を移動時間と朝食に割かれてしまい、四人とも寝不足気味な状態になってしまっていた。
普段から朝に弱い月美は、もはや起きているか眠っているか定かではない状態になってしまった。
「ふみゅ~……」
「……平和なやつ……」
背中ごしに月美の寝息を聞きながら、護はそっとため息をついた。
どうにかこうにか学校の教室に到着するまでに月美を起し、自力で歩かせ、教室まで到着した。
到着するなり、月美はもう耐えられないとばかりに机に突っ伏し、静かな寝息を立て始めた。
「……授業前に起きればいいんだが……」
頬をつついても起きそうにない月美を眺めながら、護はそっとため息をついた。
「土御門くん、おはよ」
「……おはようさん」
突然、後ろから声をかけられ、護は振り向きながら返事を返す。声をかけてきたのは明美だった。あの一件以来、ふたりの関係がぎすぎすすることもなく、普段通りに過ごせていた。
いや、むしろ、護と月美からすればより過ごしやすくなったのかもしれない。少なくとも、霊的な存在を認知し、それらに関与する存在を理解している一般人が一人でもいることは心強いことだ。もっとも、それでも護の明美に対する態度は相変わらずなのだが。
明美は月美が座っているであろう席を覗き込む。あいも変わらず、くぅくぅと可愛らしい寝息を立てて眠っている。その様子を見て、明美は昨晩、二人が「仕事」をしていたことを理解したのだろう。
「……あらら……大変だね、最近」
「なぜかな、最近増えてるんだよ……おかげで俺も寝不足気味だ……」
ふぅっと、欠伸混じりのため息をつく。
その様子を見て、明美はただ、あはは、と乾いた笑みを浮かべるだけだった。
「でも……なんで、こんなことになってるんだかね……」
「知らんがな……まぁ、これは勝手な予想だけど、減ったからじゃないか?見える人、いや、こういうことに対処できる人間が」
護はそっとため息をつく。
もう少し、陰陽師、いや陰陽師に限らず、霊的な事象に対処できる人間が少しでも増えてくれれば、学生がこれほど寝不足になることはないのかもしれない。もちろん、見えることのできない人間が多いことは護も知っている。
陰陽師を名乗る人間でも、見鬼ではないことも珍しくはない。だが、見鬼であるかどうかは些細な問題だ。重要なのは、霊的な存在を認知すること。そして、それらの存在をあるべき場所に返す、あるいは人に害をなさぬように努めることのできる、心の強さを持っていることが重要なのだ。
だが、最近は見鬼の素養は愚か、霊的な存在を認知する人間は本当にごくわずかしか存在しない。
「見える人って、昔はそんなにいたの?」
護の言葉に、明美はそう問い返す。護はその問いかけに、思わず吹き出してしまった。
無理もない。なにしろ、古代日本の人間が全員見える人であったら、現代に伝わる説話集や日記文にもっと心霊に関する記述が多くあってもおかしくはない。
だが、現にそれほど多くはないのだから、全員が全員、見えたわけではないだろうし、見えるということ自体が特殊であった証拠にほかならない。
「見える人間がそんなにいたら、この世界、大変なことになってると思うぞ?」
「あ、そうか……」
明美は護の言葉と自分の体験を連想し、それが書物などの記録に残されていないことを思い出した。
――まぁ、見えなくなったことはある意味、幸せなんじゃないかな……
護は明美が何かを思い出して一人で納得している様子を見ながら、心の内でそう呟く。見えないから、認識できないから、心が壊れることはない。それは、今目の前にいる少女の存在が何よりの証明となっている。もし、この世界の人間が全員、霊的な存在を視認できたとしたら、心を壊してしまう人が大量生産されているに違いない。
護はそっとため息をつき、できることなら、このまま自分の周囲に被害が出ないまま、妖の数が減ってくれればいいのだが、と叶うはずのない願いを心の内でつぶやいていた。




