九、
放課後、護はカフェテリアにいた。
この日一日は、結局、いつもの四人組で昼食を摂ることはなかった。いや、護が一方的に避けていた、というだけだ。
わかっている。自分が避けているだけだということは。けれども、化物と一緒にいることは、明美が安心できないだろう。
そんなことを考えていると、背後から近づいてくる気配を感じた。
「……土御門、くん……」
「……平野か……化物になんのようだ?」
声をかけてきた気配の主は、明美だった。
まさか、明美の方から接触してくるとは思わなかったが、護は特に感情を表に出さず、明美の呼びかけに答える。
化物と言われたことを、いや、明美の護に対する認識が「化物」のままだということを、自分に認知させるかのように。
「やめてよ……土御門くんはどう見ても人間だよ。だって、あの化物から私を、私たちを守ろうとしてくれたんでしょ?」
「それでも、異質な存在に間違いはないだろう?自分とは違う、いや、自分の存在している世界とは違う世界にいるものは全て「化物」だよ……違うか?」
護は微笑みながら振り返る。視界に入った明美の顔は、今にも泣きそうに歪んでいる。
誰にでも親しく接することのできる明るさと負けん気の強さから、ともすれば男子とも間違えられてしまいそうな彼女だが、根本的な部分で涙もろく、甘えん坊だ。
そして、頭の回転も遅い。
正直なところ、護が何を意図しているのかわからない。けれども、護が自分を化物だと思っていることは十分に分かった。
「違わない……かもしれない。でも、自分を化物なんて呼ばないで……自分を、人間だって認めてあげて」
「……お前に何がわかる……それまで友達ヅラしていても、命を守るために力を使ったら手のひらを返すように化物呼ばわりされるやつの気持ちが……」
「わからないよ……わからないけど、でも、土御門くんは人間だよ……人間だと、思う……」
だから、謝らせて欲しい。あなたを化物と呼んでしまったことを、あなたの人としての心を傷つけてしまったことを。
護はその言葉を聞いて、今までの冷たい微笑みが徐々に温かみをおびていった。
「……その言葉を聞ければ、もう十分だ……お前の気持ちは、よくわかったから」
護はそう言いながら、右手を差し出した。
その行動に、明美は自分が許されたということを察し、右手を差し出し、握手を交わした。
ほんの数秒の握手を交わし、護は手を離す。そして、明美の後ろをじっと見つめ、そっとため息をついた。その行動に明美は何事かと、キョトンとした顔をしていた。
「……お前ら、いつから覗いてたんだ?」
どうやら、誰かが二人の様子を覗いていたらしい。
声をかけられ、扉の影から月美と清が気まずそうな微笑みを浮かべながら、こちらに顔を向けてきた。どうやら、一部始終を見ていたらしい。
不愉快極まりない、と言いたげな顔をしている護を見て、月美と清は静かにその場から後ずさりし、その場から離れようとした。
護は器用に明美をよけながら、早足で二人を追いかけ始めた。
その様子を見て、明美はただ、くすくすと笑うことしかできなかった。
護と明美のあいだの溝が一日がかりで埋まったその頃。
東京よりはるか西、神々の集う地「出雲」にある鍛冶場で、一人の青年がひと振りの剣を前に祝詞を上げていた。
「……かけまくも│畏み畏み申す……」
見える人が見れば、彼の口から溢れる言葉が光の粒子となり、剣を包み込んでいることがわかる。祝詞に込められた言霊を、目の前の剣に写し、神剣とするために。
「友護、具合はどうだ?」
ちょうど祝詞を唱え終えたとき、一人の青年が祝詞を唱えていた青年、友護に声をかけてきた。
「あぁ、ちょうど祝詞をあげ終えたところだ……いい出来だよ」
その言葉の通り、祝詞を上げる前の剣と比べると、今目の前にある剣はどこか違う美しさを放っていた。祝詞をかけた友護もそうだが、剣を一から打った青年も、その美しさに少しばかり見入ってしまった。
「しかし、今時鑑賞用の刀じゃなく神儀用の剣を欲しいっていうのも珍しいな……何かあるのか?」
青年が友護に問いかけると、友護は恍惚とした顔から真剣な顔つきになり、腕を組んだ。
「……東京の方にいる神職の人からの注文でな。なにか起こる前に、備えをしておきたいらしい」
そのなにか、というものがなにであるかは、友護も聞かされていない。だが、それが大災害のようなものであることはなんとなく予想がついていた。
――本当に、何が起ころうとしているんですか……翼さん
友護は天井を見上げ、剣を注文してきた顔見知りの名を、心の内でつぶやき、そっとため息をついた。




