六、
いつだったろうか。初めて化物、と呼ばれたのは。
何年前だったかは、そして、きっかけがなんであったかはすでに忘れた。けれども、護はその時から、周りにいる友達との「ずれ」を感じ始めていた。
幼い頃から、家族以外には、自分が見えているものが見えないことを知っていた。そして、それを口にしてはいけないと、祖父母からよく聞かされていた。
「私たちは、土御門家の人間は人に見えないものを見る力がある。でも、それを誰かに話してはいけないよ」
「どーして?」
幼かった護は、なぜ見えているものを見えないと、嘘を付かなければならないのか、不思議で仕方がなかった。
嘘をついてはいけない。嘘をつくと、向こう側に行った時に、冥府の鬼がやってきて食べられてしまう。そう聞かされていたのに、なぜ、見えるものを見えないと言わなければならないのか。
護の言葉に、祖父は悲しげな顔をして、そうだな、と言って続けた。
「例えば、お前の友達が神様に会ったとか、動物とお話したと言ったら、嘘だと思うだろう?」
「……うん」
「友達が嘘つきなのは、護はいやか?」
「うん」
「一緒にいるのは嫌な人と、友達になりたいと思うか?」
「思わないよ」
幼いながら、しっかりと答えを返す護に、祖父はそうかそうか、と柔らかく微笑みながら、護の頭をなでた。
「それと同じでな、友達が見えないものを護が見えると言ってしまうと、その友達は護が嘘つきだと思ってしまうんだ」
そして、一緒にいたくなくなってしまう。そうやって、だんだん友達がいなくなってしまうんだ。
だから、見えないものを見えるとか、聞こえない声が聞こえるということは秘密にしないといけないんだ。そうでないと、お前さんの周りから友達がみんないなくなってしまうからね。
――それが、祖父から聞かされていたことだった。
化物。清以外で唯一、護を避けることなく接してきた明美の口から出たのは、その言葉だった。
無理もないといえば無理もない。
普通の人には見えないものが見え、聞こえない声が聞こえ、感じることのできないものを感じる見鬼である以上、そして、この国で最も優れた陰陽師と謳われた安倍晴明の子孫である以上、ほかの人間とのあいだにずれが生じ、そのずれが、わだかまりを生むであろうことは、幼い頃から理解していた。
だからこそ、否定する気はない。
「……化物、なんだろうな。平野からしてみれば」
護は静かに、しかし寂しげな表情でそう答えた。
その言葉に、明美の目は大きく見開かれた。
「……次が来るかもしれない。化物と一緒にいるのは不安かもしれないが、せめて、家の近くまで送らせてくれ」
「……わかった……」
明美は半ばしぶしぶといった具合であったが、よろよろと立ち上がり、歩き出した。月美はそんな彼女を支えながら歩いた。
護の横を通り過ぎながら、月美は護の顔をちらりと見る。それに気づいた護は、静かに微笑み、早く行くよう促した。
二人が路地裏を抜けると同時に、清は護の肩を叩いた。
「大丈夫か?」
「……正直、大丈夫じゃなさそうだ……」
そっとため息をつき、空を見上げる。
春先とは言え、まだ日の落ちる時間は早い。すでに夕暮れの紅から夜闇の藍色へと変わり始めていた。
「じいちゃんの言ってた通りになったな……」
「じいさんはなんて?」
護のつぶやきに、清は不思議そうな顔をして尋ねた。
その問いに、護はなおも空を見上げながら答えた。
「見えることを話してはいけない。話してしまえば、お前の周りから友達がいなくなるってさ……」
「……なるほど、な」
清はその言葉にそっとため息をつき、護の横を通り過ぎていった。
しばらくの間、護は一人でその場に残り、空を見上げていた。




