六、
月美はスライムが結界を破壊するたびに、結界の修正を行っていた。もはや何度目なのかわからない。霊力も体力もだいぶそれに持っていかれている。もはや、気力と精神力で体を支えている状態だ。
気を張り続けていないと、倒れてしまいそうだ。
「いい加減、諦めてよ……」
再び結界を破壊し始めたスライムを見ながら、月美は恨めしそうに唸る。その様子を楽しむかのように、スライムは障壁にゆっくりと力をかけ、少しずつひびを入れていく。
そのひびを、月美はひとつずつ、修正していく。だが、その速度は最初の頃と比べて、遅くなっていることに桜は気づいた。
「月美、無理しないで」
「無理しないと、護たちがつくまでに私たちが生きていられないよ」
桜の言葉に、月美は真剣なまなざしを障壁に向けながら答える。
よくよく見れば、彼女たちの頭上までスライムは移動し、それからは動く気配がない。どうやら、結界ごと自分たちを消化しようという考えなのだろう。
月美は立っている体力もなくなってしまい、膝をつく。その瞬間を待っていたかのように、スライムは一気に障壁に力を加える。障壁全体に、細かなひびが入る。
修復は、間に合わなかった。
障壁は一気に破壊され、空いた穴からスライムがぼとぼとと落ちてくる。
「来て、サラマンダー!」
桜はスライムが障壁を超えてきたことを知り、急いで火の精霊を呼び出した。その呼びかけに応じて、魔法陣から全長六十センチほどの紅いとかげが姿をあらわした。
「ドリアード、お願い!!」
桜の叫びに、ドリアードは不定形の敵に向かって、大量の木の葉が生い茂った大樹を召喚した。スライムは、その大樹の木の葉に引っかかり、落下速度が落ちた。
その様子を見て、桜はサラマンダーに呼びかけようとしたが、月美の声がそれを制止する。
「……その樹を燃やしたとして、私たちが無事な保証ってある?……」
「……あ」
どうやら、燃えカスが自分たちの方へ落ちてくることと、酸欠になってしまう可能性を想定していなかったようだ。
「月美、結界は?」
「ちょっと、もう無理……」
月美は重々しくため息をつく。
明美を守るための結界と、スライムの進行を妨げるための結界を二つ同時に展開し、なおかつ、スライムが破壊を行ってきた障壁の修復まで行った。霊力の消耗は半端なものではない。
むしろ、いままで意識を保てたことが不思議なくらいだ。
その回答を聞き、桜はどうしたものかと考えていると、周囲から何か重たいものが落ちてくる音が聞こえてくる。一つでない、複数のものが次々と断続的に落ちてきているようだ。恐る恐る、音の下方向を見てみると、上にいるスライムから分裂したのだろう、くるぶしほどの太さはある不定形の生物がこちらにぷるぷると震えながら近づいてきている。
「サラマンダー!」
桜の声に反応し、サラマンダーは炎をまといながら近づいてくるスライムに突撃した。ドリアードが呼び出した大樹の木の葉を体内に取り込んでいるためだろうか、サラマンダーの炎が次々とスライムを焼いて行く。炎に焼かれているスライムは、徐々に体内の水分を奪われていき、しぼんでいく。
だが、次から次へと、上から同じ大きさの液体が落ちてくる。
「……数が減ってくれれば、どうにかなるとは思うんだけど……」
桜はそう呟き、恨めしそうに上を見る。本当ならば、上にある本体から分裂したスライムの数を減らせば、あとは脱出するだけですみそうなのだが、もともとの大きさを考えて、目の前にいる分裂体を倒しても、あまり効果がない可能性の方が高い。
何より、今も落ちてくるこのスライムたちを倒せたとして、上にいる本体を相手にできるほどの体力が残っているかどうかも怪しかった。
そんなことを考えていると、サラマンダーが急に鋭い悲鳴を上げた。




