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陰陽高校生 大戦記  作者: 風間 義介
十一章、「蘇りたるは古の侵略者」
114/128

七、

 全裸の月美を正面に、司祭は本に記された呪文を紡ぎ始めた。

 月美はなおもあきらめず、抵抗を続けていた。

 「……いあ、がとぅるふ、いあ、がとぅるふ……」

 司祭の不気味な、精神を逆なでする声が言葉となって月美の耳に届いていた。

 「……うんぐりぃ、むごるぅなふ、るりぃえ、ふたぐん……」

 紡がれるたび、月美は自分の正気が削られていくことを感じ取っていた。

 この呪文は、長いこと聞いているのはよくない。耳をふさがなければいけない。

 呪文が紡がれるたび、はるか後方、月美の真下にある扉のようなものが動く音が聞こえてきた。下を見ると、ぽっかりと、闇を切り取ったかのような空間が見えはじめた。

 その空間のはるか向こう、闇のかなたから、異形の気配を感じ取った。

 それはこちらに来させてはいけないもの。封じ続けなければならない存在。

 月美は直感でそのことを理解した。

 この先にいるのが、「旧支配者(クトゥルフ)」と呼ばれるものであることを。

 ――お願い、早く来て……

 早くしないと、あなたとの約束が守れなくなる。だから、早く来てよ……護。

 月美が必死に心のうちで護の名を呼んだ。

 いつも、そうしてきた。自分だけではどうしようもないとき、いつもこうして、頼れるものの名を、護の呼ぶ。

 そして、その言の葉(おもい)は届いた。

 「帝釈天に願い奉る、怨敵退散、百鬼消除(しょうじょ)、急急如律令!!」

 その声には、厳かな、しかし激しい怒りが込められているように思えた。その言霊は、邪なものを呼び出す言葉を打ち消した。

 司祭は、そして月美は声がした方向に目をやった。

 「……予想はしていたが、な。月美、もう少し待っててくれ」

 心の中に巣食った恐怖を消し去ってくれるような笑みを向けられ、月美は泣き笑いを浮かべ、首を縦に振った。

 微笑みを向けられた声の主は、護は微笑みでそれに答え、司祭に視線を移した。

 突如、召喚の呪文を中断させられ、司祭は声の主を憎しみを込めた瞳でにらんでいた。

 「貴様……」

 「悪いな。できれば殺さずにおきたかったが……お前は越えちゃならない一線を越えた」

 その代償は、きっちり払ってもらうぞ。

 護は司祭に向かって、はっきりと彼に死刑宣告を下し、帝釈天の印を結び、真言を唱えた。

 「ナウマクサンマンダ、ボダナン、インドラヤ、ソワカ!」

 帝釈天はヒンドゥー教最強の軍神インドラの化身。そして、インドラは雷の化身として知られる神だ。それも、護が普段、呼び出している雷神よりも数段上の、より高位に坐する神だ。

 召喚の途中ではあるが、顕現しつつある旧支配者に打撃を与えるには十分のはずだ。

 護の真言に応じ、帝釈天の雷は顕現した。帝釈天の雷は、普段、護が召喚する雷神よりも強く、太い光の柱となって、月美の背後に落ちた。

 しかし、呼び出した護の顔は苦痛にゆがんでいた。

 どうにか月美に命中しないように、しかし旧支配者には確実に命中するよう、雷の落ちる位置を調整していたのだが、神の雷は、さすがに人間の意志でどうこうすることは難しかったようだ。

 必死になって、雷を調整できたのはいいが、かなりの霊力と妖力を持っていかれてしまった。そのせいで、護の額には玉のような汗が浮かんでいた。

 それだけの霊力と妖力を消耗するだけに、雷の威力は絶大だった。

 月美の下にぽっかりと開いた穴。その中に入っていったにも関わらず、雷の衝撃は強く、呪文を唱えていた司祭は部屋のはるか後方へ、月美も、彼女を空中に吊り下げていた鎖と天井ごと吹き飛ばされた。

 護は、月美を追おうとしたが思った以上に消耗したようで、足元がおぼつかず、その場に倒れこんでしまった。

 しかし、護の瞳は月美をとらえていた。

 「翡翠、頼む!」

 月美が壁に激突すると思われた刹那、護の叫びに答え、顕現した式神が月美の体を受け止め、ゆっくりと着地し、護のもとに駆け寄った。

 「護様!」

 「大丈夫だ……それよか、月美は?」

 いくら雷が月美が延長線上にいない位置に落ちるよう調整したとはいえ、相手は雷だ。鎖で腕を巻かれている以上、少なからず感電するはずだ。

 「大丈夫、だよ……生きて、るから」

 「少し待っててくれ」

 護は横ばいになりながら、月美に近づき、懐から符を取り出し、月美の胸に張り付けた。そして、疲労で重くなった体を、のろのろと起こし、刀印を結び、快癒の言霊を唱えた。

 その瞬間、符に記された記号が光だし、その光が徐々に月美の体を包み込んでいった。

 その光はほんの数秒で消えてしまったが、光が収まった瞬間、月美の体にあった傷はすべてなくなっていた。

 「……無理しないで、お願いだから」

 「はは……これくらい、無理のうちにはいらないよ」

 困ったような笑みを浮かべながら答えた護は、自分がまとっていた上着を月美に手渡した。

 それを受け取った月美は、素早くそれを着こみ、しっかりとボタンを留めた。

 正直なところ、早く着ていた服を取り戻したいところなのだが、そう言っていられる状況ではないことは、月美も理解できていた。

 護も、背後のほうから何か巨大なものがうごめいていいる気配を感じ取っていた。

 ――……少し、遅かったか……

 振り返った護は、月美がつるされていた場所から、何かが這い上がってきている光景を目の当たりにした。

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