噂の幽霊少女
気が付くと僕はベッドに運ばれていた。
「あら、起きたね。気分はどう?」
白衣の天使(自称)の木村さんは、僕を見下ろしながら言った。
結構な巨体なので威圧感が半端じゃない。正直天使というよりもトロール系だけどもちろん言わない。
一応木村さんの名誉のため補足しておくと、明るくて気が利くベテラン看護婦さんなので人気者です。
「まったく、びっくりしたじゃない。ドリフみたいなコケかたして。なにやったらあんなひっくり返りかたするのよ…」
僕は思い出して、上体を起こすと、周囲を見回した。
部屋には木村さん以外誰もいない。
「どうしたの?」
「えっと…女の子が……」
「女の子?」
「はい。中学校くらいの女の子がいませんでした?」
「見てないけど……。妹さん?」
「いえ、全然知らない子なんですけど」
「はぁ……」
「その女の子が幽霊だーってボケたかと思ったらボケじゃなくて壁の中にすーっと消えていっていきなり出てきてびっくりしてひっくり返ったんです」
途中からまくし立てる僕の話を木村さんは一応最後まで聞いてくれた。
首が限界まで傾げられている。
「……うーん……あんた、ひょっとしてそれ、青いワンピース着た線の細い子のこと?」
「そうです。やっぱり知ってるんですか?」
「えっとねぇ……」
そこで木村さんは言葉を濁し、周囲を確認する。
同室の患者たちは皆、出ている。
部屋にはふたりだけだ。全くロマンチックじゃないけど。
木村さんは声を抑えて言った。
「沢村君、あんたその子が見えたの?確かに?」
「はい……」
「正直あんまり大きな声じゃ言えないけどね、その女の子を見たってひとが時々いてね…。」
「じゃあ、やっぱり僕が見たのは……」
「おそらく、噂になってる女の子だね。…ただ……」
木村さんは言いよどみ、それから僕を検分するように眺める。
「なんですか?」
「えっとね…あんた頭とかの検査は異常なかったんでしょ?」
「ええ。一応ひととおり検査してもらって異常なしでしたけど」
「じゃあ大丈夫かしら……」
木村さんはさらに勿体つけて、僕が促すとようやく話した。
「その子を見たひとってみんな、近いうちに亡くなってるのよ」
「…なんですかその小学生の都市伝説みたいな……」
「そう思うでしょ。でも内科のほうだと結構有名なのよ。だからその子って幽霊っていうより、向こうからのお迎えみたいな存在に扱われてて。死神って言ってた人もいたわね」
「それは、まだちょっと遠慮したいですね……」
「まあ、そういうわけだからポックリ逝かないようになるべくおとなしくしてなさい」
話を切り上げると木村さんは病室を後にした。
部屋が静寂に包まれている。
窓のほうに視線を向けると、春霞に包まれた街。その少し先に、海が見える。さらに遠景にいくつかの船。
「あの世からのお迎えかぁ……。ちょっと自暴自棄にはなってるかもだけどまだ早いだろ……」
僕はひとりごちて、少女のことを思い返す。
突然の出来事だったので驚きはしたが、間違っても死神とかいう感じではなかったと思う。まあ実際に本物を見たことがないので比べようもないけれど。
僕がしばらく取りとめもなく黙考していると、ドアが軽く二回ノックされた。
「はーい。開いてますよー」
答えたがドアは開かない。
沈黙。
「開いてますよー」
少し大きめの声で言ってみる。
やっぱり開かない。
やがてこちらから開けにいこうかと思った頃になってやっと、扉をすり抜けて少女が入ってきた。一切の音もなく。
「うぉおぅ……」
僕はさっきほどではないにせよやっぱり驚く。
心臓がバクバク鳴っている。
某貞子的な心霊的オーラが全くないので良心的だけど。
「ごめんなさい。驚かせるつもりは……えっと、最初はあったんですけど、でも本当はなかったんです」
「どっちだよ……」
「今のは本当になかったんです。だからどうするか迷いました。ごめんなさい」
少女にそんなに謝られると罪悪感が……。俺のほうこそいちいちビクビクしてすいません……。
とりあえず害意はなさそうなので、僕は笑顔を向けた。
「でも最初のは、本っっ当にびびったよ」
「わたしもまさかあんなことになるとは思いませんでした」
少女は言うと、くすくすと笑いはじめた。
「ごめんなさい。思い出したら……」
「さぞかし愉快だったでしょうよ、ふん」
僕は恥ずかしさでいたたまれなくなってきて、大げさに顔を逸らした。
少女はしばらく思い出し笑いを引っ込められないでいた。
病室の空気が少し、柔らかくなる。
「魂が抜けちゃったらどうしようかと思いました」
少女がそう言ったので、僕はあっさりと気になっていたことを訊ねることができた。
「きみは、あの世からの使いなの?」
「はい……?」
「だからその……お迎えとか、その、死神とか」
「ああ……なるほど。確かにそう言われてるのは知っています。でも、違いますよ」
少女は柔らかな表情でそう言った。
「だから、まだあなたは死んだりしないと思います。まあ、知りませんけど」
「知らんて……」
「だってさっきみたいにひっくり返ってポックリ逝っちゃうかもですし……」
そう言うと少女はまた、くすくすと笑いはじめた。
少女の笑いにつられて、僕までおかしくなってきて笑い出した。
「じゃあ、教えてもらってもいい?きみの…えっと……とりあえず名前から」
「はいっ。すごおぉく、長くなりますよ。だってお話ができるのすごく久しぶりですから!」
少女は大きな瞳をキラキラさせて宣言した。




