非日常の始まり
「これからどうしたらいいんだよ…」
共有スペースに並べられた長椅子に座り、背もたれに上半身を大きくあずけて目を閉じていると、ふと頭に何かが触れた気がした。
首だけを後ろに捻ってみると、そこには中学生くらいの少女が立っていた。
「あっ……」
少女は僕と目が合うとすこし驚いたような表情をして、なぜか数歩横に移動した。
僕は後ろの通路の邪魔になっているのだと思い、少女に謝った。
「ごめん。通路ふさいでたね」
「い…いえ……」
少女は小さな声で答え、おずおずと僕を上目で見た。
「私のこと、見えるんですか…?」
「えっと…普通に見えるけど…?」
少女の言葉の意味を図りかねて言葉に詰まっていると、彼女は恥ずかしそうに言った。
「わ、わたし、幽霊…なんです……」
「へぇ…そうな…あっ…なんでやねん!」
「…………」
関西人じゃないんだから突然のボケにすぐ突っ込めませんよ……?
「だから、わたし幽霊なんです!」
「なんでやねん!」
「それはもういいです…」
「あ…すいません……」
もうどう反応していいかわからないので、とりあえず少女を観察してみる。
服装は、胸の部分にフリルが施された空色のワンピースに、薄手の白いカーディガンを羽織っている。のぞく足は細く、白い。しかしそれは、病人の骨張った感じではないようにみえる。真っ黒な髪は肩の少し下まであり、前髪を流して耳にかけている。髪と同様瞳も艶やかに黒く澄んでいる。
綺麗な子だな…。
僕がまじまじと観察していると少女は、居心地が悪そうに顔を俯けた。髪がこぼれて、瞳が隠れる。
結局幽霊らしいところは見つけられないけど、そういう設定なんだろうと思うことにした。
そういえば僕自身小学生か中学生だった数年前、手足を負傷したキャラ演じていた時期とかあったし…。
僕は頭を抱えて天井を仰いだ。
とりあえず結論は出た。気分が滅入ってて、正直そんなノリじゃないんだが…。そんな鬱屈した考えがのぞきもしたが、少女を傷付けるのは気が引けるので付き合うことにした。
しかしどうしたらいいんだ?とりあえず幽霊だし怖がればいいのか…?
「タ、タスケテー…?」
「イラッ☆」
空気が明らかに猟奇的な方向にシフトチェンジした。
「ゴメン!チガウ!今のナシ!」
「…………」
少女は頬を膨らませて、唇を尖らせている。
「信じてない…」
「…ソナコトナイアル」
正直どうしたらいいかわからねぇ…。
すると少女は何か思いついたらしい。明らかに悪い顔をしている。
「証拠をみせてあげる」
言うと、正面の壁にまっすぐ歩いて、その中に消えた。沈むように。
「…は……?」
僕は言葉を失った。
というか時が止まった。院内の騒がしさも消え去った。
少女が消えたそこには何の痕跡もなく、ただただ壁があった。
「…う…そ……」
言葉を紡げずにいる僕の前に、少女が今度は顔だけを壁から出してみせた。
「じゃーん!」
「ぎぃいいやぁあぁぁぁああぁあ!!」
僕は大絶叫と派手な衝撃音を上げて椅子ごと後ろにひっくり返った。
薄くなる視界の片隅に、あわてて駆け寄ってくる看護婦のおばさんと、白い足があった。




