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慈悲深い魔女たちの話  作者: けものへんにまし
第四章 希望の魔女 エーディト
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希望の魔女 エーディト②

 ある秋のこと、ある国の王は、玉座の間にたった一人で座っていました。


 窓の外、城壁の向こうには敵軍の篝火がいくつも揺れ、その数は夜ごとに増えていきます。

 こちらの兵糧は尽きかけ、城内には病が広がり、援軍の知らせはとうに絶えていました。


 王はその夜、重臣たちに降伏を告げるつもりでいました。

「よく戦った。もう終わりにしていい」

 ……扉が開くまでの間、王はそんなふうに自分に言い聞かせながら、ただ窓の外を見つめていたのです。



 気がつけば、いつのまにか王の手に黄金色に揺れる杯がありました。


「かわいそうに。絶望の中で戦うのね」


 どこからともなく降って来た声に、王が顔を上げると、そこにはまぶしいほどに輝いて見える、黒髪の女性が立っていました。

暗かったはずの部屋も、窓の外の敵軍も、するすると視界の端へ追いやられていきました。

 その女性だけが、ただ一人、恐ろしいほどの輪郭で王の目の前に立っていたのです。

瞬きをするのも惜しいほどでした。


「あなたたちに、希望の光を」


王は、女性のその言葉にうなずくと、迷うことなく、その杯を傾けました。黄金の液体が喉を通った瞬間、心に張り付いていた憔悴も諦めも、黄金の熱に溶けていきました。

 王は、先ほどまでの自分が何を悩んでいたのか、もうわからなくなっていました。

 彼の瞳には、魔女の紋様と同じまばゆい光が宿りました。


     ✦ ✦ ✦


 扉が開いて重臣たちが入ってきたとき、さっきまで王の顔を覆っていた絶望は、跡形もなく消えていました。


 王は真っ直ぐに立ち、確信に満ちた声で勝利を告げました。


 重臣たちは顔を見合わせ、それぞれの手に握られた杯を見つめました。

 そこからは芳しい香りが立ち上り、黄金色の液体がゆらゆらと揺れています。

 いつからそれを持っていたのか、誰一人として覚えてはいません。


 ですが、彼らもまた、うっとりとそれを眺め、迷わずに飲み干したのでした。


 翌朝、城にはかつてないほどの歓声が上がりました。

 兵たちの手にも、病床の者たちの枕元にも、同じ黄金色の杯がありました。

 厨房の下働きから城門の衛兵にいたるまで、誰もがその杯を手に、涙を流して勝利のために戦うことを誓いました。

 城中は沸き立ち、歌声が響き渡る中、王は城壁の上で腕を広げて高らかに叫びます。

 飢えも病も、押し寄せる敵軍の恐怖も、どこか遠い国の出来事のように忘れ去られていました。


「よかったわ」

 希望の魔女エーディトは、城壁の陰でその様子をいつくしみの瞳で見守りながら、そう呟きました。

 喉元の金色の紋様は、ドクドクと、満ち足りたように脈打ち、輝いています。


「希望の中で死ぬほうが、ずっと幸せでしょう?」


     ✦ ✦ ✦


 城が落ちたのは、それから七日後のことです。


 最後まで、誰一人として希望を手放す者はいませんでした。

 歌いながら、笑いながら、燃え落ちる天井を「勝利の光」と信じて見上げながら、彼らは幸せな夢の中で死んでいったのです。


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