救済の魔女 アニカ②
その老人は、犬を一匹飼っていました。
妻に先立たれ、子に去られ、それでもその犬がいたので、毎朝窓を開ける気持ちになれたのでした。
北の地から流れてきた行商人が、雪のようだからと笑いながら名をつけました。老人自身はもう少し厳めしい名がよかったと思っていましたが、呼び続けるうちに、それ以外の名前など考えられなくなっていました。
その犬は、決して賢い犬ではありませんでした。
呼んでも三度に一度しか来ず、覚えた芸といえば「待て」だけで、それも気が向いたときにしか従いませんでした。丹精込めて育てた花壇を一晩で掘り返したこともあれば、大切な手袋を片方だけ噛み千切って得意げに持ってきたこともありました。隣人が訪ねてくるたびに吠え続け、何度諫めても、隣人が帰るまで断固として吠えることをやめませんでした。
それでも犬が膝に乗ってくる夜は、老人の部屋があたたかかったのです。
しかし、十四年が経った冬、犬はいつものように毛布の中で丸くなったまま、静かに冷たくなっていました。
老人は長い時間その場を離れられませんでしたが、やがて犬を庭の隅に埋め、石を一つ置きました。
それからの日々、家には音がなくなりました。爪が床を叩く音も、夢を見るときの小さな鳴き声も、朝の光の中で白い毛が舞う気配も。窓を開ける理由を、老人はしばらく見つけられませんでした。
ある晩、彼は暗い部屋の椅子に座り、手袋の片方を手のひらに乗せていました。噛み千切られた、左手の分だけ。どうしても捨てられないまま持っていたのです。
救済の魔女アニカは、そのとき、老人の背後に立っていました。
足音も、扉が開いた様子もなかったのに、そこにいたのです。
「長く大切にしていたのね。重かったでしょう」
アニカの白い痣のある手が、そっと老人の頭に触れました。
すると、どうでしょう。
雪のような白い毛並み。名前を呼ぶたびに床を叩いた尻尾の音。三度に一度しか来なかった、あの気まぐれな足音。掘り返された花壇と、片方だけの手袋と、冬の夜に膝の上で分かち合った命の重み——これらすべてが、アニカの手のひらの上で、瑞々しい葡萄になりました。
アニカはそれを、ゆっくりと食べました。
「こんなに甘くなるまで、大切に育てたのね。――さあ、もう大丈夫。今夜からはゆっくり眠れるわ」
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翌朝、老人は久しぶりに窓を開けました。
よく晴れた日で、彼は気分よく庭を見渡しました。
庭の隅に置かれた石が目に入りましたが、何故そこに石があるのか、彼にはわかりませんでした。
よく使う引き出しの中にあった、片方だけの破れた手袋も捨てました。
何故そんながらくたがとってあるのか、彼はとても不思議に思いました。




