イノシシ娘、生きるを望む
「柚希が好きだ」
はっきりと、間違えようもなく翔は言った。
黒い邪気が伸びてくる。もうすぐで触れる。
肉眼でも見えるようになってしまうほど、彼女は怨嗟を抱えてしまった。きっとそれは柚希のせいだ。
けれど、ぎゅっと瞑った瞼の裏に見えたのは、桃華の弾けるような笑顔だった。
そして、死神と向き合った決意の表情。
「ごめ……、もも……」
死ぬこと自体を、柚希は怖いと思っていない。
渋々消えていく魂も、満足して成仏していく魂も見てきた。
生きていても死んでしまっても、どう在るかは自分次第なのだと思っている。
辛いのは桃華がいないこと。彼女のいない世界で生きていかないといけないということ。生まれたときから一緒だった半身を失って、どうすれば良いのか途方に暮れた。
「ごめん、桃」
自分の代わりに彼女が生きてくれたら嬉しいと、それだけ思っていた。
いまも、自分より彼女を優先したいと思っている。――ただ。
「……わたし、生きたい」
翔が柚希を望んでくれた。傍にいて欲しいと言われてしまった。
言葉だけじゃない。気持ちだけじゃない。ちゃんとした自分の体で、誰からも見える形で、彼の傍にいたいと思ってしまった。
「わたし生きたい、生きたいよぉ」
涙声で、ぐずぐずと訴える。
酷い話だ。体をあげると、期待だけさせてやっぱり生きたいと駄々を捏ねるなんて。
まるで指のように五本に別れた邪気が、柚希の頬を包もうとする。
生きたいと願ったいまでさえ、柚希は身を捩ることも出来ず幽霊を見上げていた。
翔が駆けよってくる。
間に合わない。
取り憑かれても自業自得だなぁと、この期に及んで暢気な頭が考えていた。
あと一秒で邪気に包まれるとなったそのとき、雨を切り裂いて白い影が飛来した。
真っ黒い固まりになっていた幽霊に跳び蹴りを食らわせた白うさぎが、呆然とする柚希の目の前に降り立つ。
「あれ?」
柚希は無意識に首を傾げた。
翔の後ろには、昴がいるのに。なぜこのぬいぐるみが動いているのだろうか。
「もう、馬鹿柚っ。ヒヤヒヤさせないでよ!」
威勢の良い発音で、白うさぎは柚希の眉間をビッと指さした。
聞き覚えのある声。
自分と同じ声だ。
「……桃華?」
「そうよ。まったくあんたは、しょうがない子ね」
まさかと思った柚希に、うさぎはあっさりと肯定して短い両腕を組んだ。




