黎明
街はずれの大きなお屋敷が、大火事にあったらしい。
それは子どもたちがお屋敷を出ている間に起きたことで、火の不始末が原因とも、誰かが放火したとも、お屋敷の主が自ら火を放ったともいわれていて、真実は未だ謎のまま。
焼け跡からは、大人ひとりと、たくさんの子どもの遺体が見つかったという話だ。
「酷いもんだね。跡形もなく燃えちまったらしいよ」
いま街ではその話題で持ちきりで、広場で雑談をする人はみんな、神妙な顔をしていた。
「生き残った子どもたちはどうなったの?」
「それぞれ養子になったり働きに出たり、つい先日、さいごの一人のもらわれ先が決まったという噂よ」
「そう、なにはともあれよかったわねぇ」
中央の噴水に張られた氷。その上には雪が積もり、太陽の光をきらきらと跳ね返している。今日は快晴だ。
「けれどたくさんの子どもが亡くなったのは気の毒なことよね」
「ああ、その話なんだけど、実はね」
「あら、何かあるの?」
その噴水のそば、かごを腕にぶら下げた三人の女の人が集まって、午後一番のおしゃべりタイム。その内の一人の意味深な声に、残りの二人が興味深げに身を寄せた。
「あのとき燃えるお屋敷にいたのは子どもは二人だけらしいのよ」
「二人?」
「でも私、少なくとも二十人はいたと聞いたわ」
「え、わたしは四十人」
「ええ! それはさすがにでたらめよ! 残された子のことも考えたら、いくらお屋敷が大きいといってもその人数は多すぎるもの」
「たしかに」
雲ひとつない空の下、冷たい風が広場を駆け抜ける。雑談をしている女の人たちはそれぞれ、ぶるりと小さく震えて寒そうに身を縮めた。
「それで続きは?」
「え? ああ、生き残った子どもたちが騒いだのよ。お屋敷にいるのは主を除くと二人の子どもしかいないって」
「うん? どういうこと?」
「ええとね、火事が起こったとき、お屋敷に戻った女の子と、お屋敷で休んでいた男の子以外子どもはみんな街へ出ていたと言っているらしいの。まあ当然その二人は亡くなったらしいんだけど、変でしょう?」
「そうねぇ、それだったらなんでそんなに多くの子どもの骨が出たのかしらねぇ」
「さあ、なんだか気味が悪いわ」
「怖いわね、不気味だわ。あ、不気味といえばこの前の夜にね」
活気あふれる街は、今日も変わらず、たくさんの人でにぎわっている。めまぐるしく入れ交う人びと。笑ったり、怒鳴り合ったり、驚いたり、よろこんだり。まるでこの道の先につづく場所で人が火に焼かれて死んだなんて、関係ないように。
暖かな陽気が雪を照らし、広場をさらに明るく清潔なものへと彩ってゆく。
全てが白に覆い尽くされ、その冷たさの下で息をひそめている色とりどりの生命。
冬というものはこんなにも寂しげだっただろうか。
頬や鼻を桃色に染めた街の人びとは誰も知らない。街から少し抜けた木々の中、今は全て燃え尽きてしまった場所で、一体何があったのかを。
かつてそこには大きなお屋敷があり、大勢の子どもたちと一人の大人が住んでいた。歌と笑い声にあふれ、きらきらと輝いていたその場所。
みんなは知らない。そこに化け物がひそんでいたことを。
「お待たせ、手続きにずいぶんと手間どってしまった。からだは冷えたりしていない?」
みんなは知らない。そのお屋敷で化け物が何をしていたかを。
「いまから長旅になるけれど、がんばろうね」
みんなは気付かない。私のすぐそばに、人間ではない何かがいることを。
「いこう。アミディア・メイアス、フィフィ」
それはそれは美しい頬笑みを添えて、柔らかく細められるすみれ色の瞳。
私は噴水の縁から腰をあげ、彼の方へと歩み寄った。
終




